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                                    つれづれなるままに・・・ 「ひぐらしの里日記」 有田 昇
■2009(H21)年

12月26日(土)09
久しぶりに上野動物園へ

 冬晴れの土曜日。事務所に遊びにきた娘と上野公園を散歩していて、都美術館の横を通り過ぎたときだった。
「動物園に行ってみようか」
「うん。久しぶりだね、動物園なんて」
 私たちはたちまち意気投合した。前に来たのは何年前か、もう思い出せないくらい昔である。娘も同じようなものだという。多分、小学生の頃ではないだろうか。
 いまの季節、園内は空いていた。私たちは、入口でもらった園内地図を広げながらさまざまな動物を見て回った。トラやライオン、ゾウ、ゴリラなどの人気動物をはじめ、色んな鳥類や、ホッキョクグマ、アシカ、レッサーパンダなどを写真に撮ったりした。
 お昼どきになったので、ベンチに腰掛けて簡単な食事をした。私はホット珈琲とカレーうどん、娘はコーンスープとチキンサンドウィッチだった。
 午後は懸垂式のモノレールに乗って西園へ。そこでは夜行性の珍しい獣やオカビ、キリン、クロサイなどを見た。両生類&爬虫類館では巨大なニシキヘビやイリエワニなども見た。
 しかし、何といっても私のお目当てはハシビロコウというアフリカから来た大型の鳥だった。これは、ずっと以前にもやはりここ西園で見て衝撃を受けたのだが、今回もヤツはいた。そして、前と同じようにピクリとも動かず、ただじっと立っているだけだった。実に、動かないのだ。まるで何年も前から立ち位置を変えずにそこにいるような感じなのである(冒頭の写真をご覧ください)。その形といい佇まいといい、存在そのものが何ともいえず不思議な雰囲気を醸し出していた。
本物のトラがガラス1枚隔ててすぐそばを歩くのは、さすがに迫力がある。
ゴリラが手枕(足枕?)をしながら何かを考えているようだ。
ゴリラの彫刻の間に立つ娘は、気のせいか余計可愛く見えるね(親バカか!)。
同じくゴリラの彫刻の間に立つ父親は同類に見えないこともない。
フラミンゴのピンクは何とも派手であるな。声もギャーギャーと結構派手なのだが。
キリンがすぐそばまで来て、草を食べてくれた。前足をこんな風にするんだねえ。
クロサイは重戦車みたいで、何とも格好いい。こんなのに襲われたら、もう〜。

11月28日(土)09
向島百花園で恒例の忘年会

時期的に少し早目ではあるが、今年も恒例の忘年会が墨田区の向島百花園で開催された。もともとの発起人、早い話が言い出しっぺは下町の放浪画家こと桐谷氏と彼の奥さんであるエリザベスさんのお二人。彼らを囲む仲間たち約30人の愉快な夕べなのだった。
  料理はいつものように、東向島「鳩の街通り」の天ぷら店(夜は居酒屋)ハナヨシのご主人と女将さんのお世話になった。酒は例年通り地酒や焼酎など一升瓶が何本も差し入れがあり「場所良し、料理良し、酒良し。3拍子そろって会費5千円は安い!」という声がしきりである。
  今回は津軽三味線の特別演奏があり、宴会に花を添えた。本格的なテノールでカンツォーネを歌う男性や民謡を歌う女性もいて座が華やぐ。私も恥ずかしながら尺八で童謡などを吹き座興の足しにさせていただいた。酒も進んだところで、恒例行事となった一人一人の簡単な自己紹介、全員による合唱、記念撮影と続き、約3時間の気のおけない忘年会はお開きとなった。
ハナヨシさんが丹精込めて作ってくれる仕出し弁当。お刺身やフルーツもついた豪華版だ。
フランス人の女性と一緒に座を盛り上げるキリちゃんとエリザベスさん。向こうはハナヨシのご主人。
ご近所から津軽三味線を弾きに来てくれたお二人。意外にも、女性がお師匠さんで男性がお弟子さんなのだった。
冗談が飛び交い、笑いの絶えない3時間だった。こうして見ると、皆さん熟年のいい味出してるね。

11月21日(土)・22日(日)09
O氏の山荘へ招待される

私たち3人は昔からの知己ではあるが、日頃は滅多に会うこともない。それが、ことの成り行きというかふとしたきっかけで、O氏が長瀞(ながとろ)峡近くに所有する山荘へH氏と私の二人を招待してくださることになったのだ。H氏の言葉によれば「これも縁だねえ」ということになる。
  土曜日の午後1時に目白駅前に集合。H氏と私は、O氏がハンドルを握るプジョー307の革シートにゆったりと身を沈めた。クルマは快調に関越道をひた走り、車中会話なども弾むうちやがて長瀞に到着。秋色に彩られた渓谷美を堪能してからO氏の山荘へ。
  山荘では、食事の支度からベッドメーキングなど何から何までO氏のお世話になりっ放しだった。私たちはH氏が持参した薩摩の本格芋焼酎やビールや日本酒を嗜み、O氏手作りの鍋料理と炊き込みご飯に舌鼓を打ち、人生を語り合った。私も興に乗って下手な尺八などを披露した。
  翌日は、これまたO氏手作りの野菜スープとパスタ、それにトーストや紅茶などもいただき、朝から腹一杯になってしまった。それから私たちは近くにある秩父三社の一つ、名高い宝登山(ほどさん)神社へロープウェーで参詣。奥の院の茶屋でストーブを囲み甘酒を賞味したり、アツアツの焼き芋を頬張ったりした。最後に秩父市街までドライブ。美術館や骨董店を見学したあと東京方面へと帰途に着いたのだった。
長瀞渓谷の清冽な流れと岩、そして紅葉が私たちを迎えてくれた。晩秋の空気もひんやりとして気持ちがいい。
長瀞峡。乗客20人ほどを乗せた川舟が2人の船頭に操られながら下ってきた。川の中から見る景色は一味違うかも。
O氏の山荘は長瀞に近く、小高い山の中腹にある。周囲はきれいに刈り込まれ裏庭には花壇も。黒のプジョーが格好いいね。
O氏の山荘にて。小生の拙い尺八吹奏に聴き入る(ように見える)H氏。いつの間にかO氏が撮っていた一枚。
長瀞の町を見下ろす宝登山(ほどさん)神社ロープウェー駅にて。お二人とも若い。とても古稀には見えない。

11月8日(日)09
常陸大子のもみじ寺に行く

茨城県の北の端にある大子町(だいごまち)の永源寺に行ってきた。別名「もみじ寺」というらしい。そう呼ばれるだけあって、寺の境内は今が盛りの真っ赤なモミジの樹々に覆い尽くされ、思わず妻と娘が「わあ、きれい!」と叫んだほどだった。私も「うむ。見事じゃ」と何故か時代劇の武士になったような口調で呟いていた。多分、文安3年(1446年)創建という曹洞宗臥雲山永源寺の古い歴史がそんな雰囲気にさせたのだろう。
  それにしても今日のドライブは、行楽シーズンの日曜日だけあって渋滞に巻き込まれ、散々な目に合った。常磐道をひた走り、水戸インターを出るまでは順調だった。しかし、久慈川沿いの国道118号に入った途端、数珠つなぎとなったクルマの列は全くといっていいほど前に進まず、寄ってみたかった袋田の滝も「残念だけど仕方ないね。今度にしよう」と諦めざるを得なかった。それどころか、メインの目的であるもみじ寺に明るいうちに到着するのも危うくなった。でも何とか午後4時頃に寺に到着。見頃を迎えた見事な紅葉風景を、束の間ではあったが楽しむことができたのだった。
色んな紅葉がある中で、もみじ寺に圧倒的に多いのは濃い赤のモミジ。色鮮やかで小さな葉が密集しているのが特長だ。
もみじ寺境内の坂道を上る妻と娘。どちらが妻で、どちらが娘かは、後ろ姿を見ただけで一目瞭然である。
もみじ寺は、常陸大子(ひたちだいご)駅からすぐの山の上にある。午後4時なのに、辺りはもう暗くなってきた。
もみじ寺の境内のあちこちには、さまざまなお地蔵さんがいて、目を楽しませてくれる。心も和ませてくれる。

11月3日(火・祝)09
富士見坂にて

今日は祝日だったので、のんびりと過ごした。仕事もあまりしなかった。というより、ほとんどしなかった。では、何をしたのかといえば、午後に上野・谷中方面を3時間以上も歩き回ったのである。格好良く言えばウォーキングだが、実質は徘徊に近い。
  これまでにもう何回もこのブログに書いたが、上野や谷中や根津や千駄木、はたまた日暮里や根岸など、この界隈はいつ何時歩いても飽きない町だ。慣れ親しむほどに、ますます好きになってきた感じである。
  そんな散歩の締めくくりは西日暮里の諏訪台通りにある富士見坂だった。もうそろそろ夕暮れ時で、富士山に沈む夕陽を見物する人たちが集まり始めていた。何しろここは、東京では唯一、本当に富士山が見える富士見坂らしいから。
富士見坂から谷中・根津方面を望む。太陽が眩し過ぎて富士山の姿は見えない。シャッターチャンスまでもう少し。
夕陽に浮かび上がる富士山のシルエットを見ようと、まだ明るいうちから人々が集まり始めていた。

10月23日(金)・24(土)09
大阪USJ、道頓堀を歩く

10月23日(金)
DM講演のため、地方都市へ出かけることが年に何回かある。そんなとき、行く先にもよるのだが妻に声をかけることがある。
「今度は大阪だけど、どうする?」
「行こう」
  妻の返事は即答だった。二人とも大阪には縁がある。久しぶりに大阪の街を歩いてみるのも悪くない。
  そんなワケで、昨日は講演終了後、妻と待ち合わせ、その足で阪急梅田食堂街の串カツ屋さんに入って一杯やり、環状線で西九条へ。そこから桜島線に乗り換えてユニバーサル・スタジオ・ジャパン(以下、USJ)駅で下車、予約しておいたホテルユニバーサルポートの一室に落ち着いたのだった。
  朝、ホテルからUSJへは目の前の通りを渡ってすぐ、歩いて3分くらいだった。私たちはシャワーを浴び、バイキング形式の朝食をゆっくり摂り、すべての荷物をホテルのコインロッカーに預け、軽快な手ぶら姿でUSJへと向かった。何となく場違いな感じもするのだが、果たしてUSJは、私たちのような熟年夫婦をどんな風に迎えてくれるのだろうか。詳細は写真をご覧ください。
10月24日(土)
「USJはさすがに疲れたね」
「1日中歩いたからねえ」
  そんな私たちが昨夜、宿をとったのは環状線の桜ノ宮駅から歩いてすぐの帝国ホテル大阪だった。ちょっと贅沢をしたつもり。でも実際は、広いツインルーム、夕食と朝食つき、二人で2万円とかなりリーズナブル。これは最近知った一休ドットコムで予約したためだ。高級ホテルを安く予約したい人にはおすすめである。食事も、サービスも、施設も十分過ぎるほどのグレード感があり、USJとは別の意味で私たちには場違いな感じはあったものの「たまにはこんな贅沢もエエやろ」みたいな充ち足りた時を味わうことができた。
  この日、ホテルを後にした私たちはタクシーで御堂筋を走り、初めてのアメリカ村へ。そこからミナミの心斎橋筋、道頓堀、千日前辺りを散策。きつねうどん、たこ焼きなどを賞味した。
「今度来たときは、みんみん(みんの字は王偏に民)のギョウザがいいね」
「うん。自由軒の名物カレーでビールもエエなあ」などと勝手なことを言い合いながら、私たちはナンバから地下鉄で梅田へ。早目に新大阪駅に到着。喫茶店でひと休みしてから、ビール、ワイン、サンドイッチ、焼き鯖寿司などを買い込み、東京行き新幹線「のぞみ」上の人となったのだった。
USJで最初に体験したのがシュレック4-Dアドベンチャー。飛び出す立体スクリーン、揺れる椅子、顔にかかる霧など迫力満点だった。
USJ。ニューヨーク・エリアの公園ベンチでひと休み。
USJ。モンスター・ライブ・ロックンロール・ショー。本場のダンスとサウンドで客席も一体になって盛り上がっていた。
USJ。ジュラシック・パークの最終シーン。妻はほとんど目をつむっていた。もったいないのう。
USJ。フィネガンズ・バー&グリルでランチ。私たちは生ビールとオムライスを注文しシェアして食べた。
USJ。野外ラグーンで1日1回行われるピーターパン・ネバーランド。湖上に浮かぶ海賊船の上空で壮大なショーが繰り広げられた。
USJ。バックドラフトでは、目の前で起こる大火災や大爆発にびっくり。その熱風で、ジュラシック・パークで濡れた服も乾いてしまった。
USJで最後に乗ったアトラクションはアメージング・アドベンチャー・オブ・スパイダーマン・ザ・ライド(長い!)。私たち熟年にはちょっと激し過ぎる絶叫マシーンじゃった。
USJ。折りしもハロウィーンの時期だったので、華やかなパレードを目の当たりに楽しむことができた。
初めて訪れた大阪のアメリカ村は東京でいえば原宿みたいな所。土曜日だというのに、若者たちの数も少なく閑散としていた。
アメリカ村から御堂筋へ出て大丸百貨店を望む。キタからミナミに続くイチョウ並木も、まもなく真黄色に染まることだろう。
心斎橋筋に入ると、がぜん人通りが激しくなり活気が出てきた。若者が多いような気がするのは私たちが年とったせいかもしれない。
道頓堀の両岸は昔に比べてスッキリと綺麗になった。戎橋から東の方角を望む。向こうに見えるのは太左衛門橋。
道頓堀の川辺に降りてグリコの看板を見上げる。あ、橋の欄干の上に誰かさんの顔が見えるぞ。
道頓堀に沿った飲食街は、昼間から随分な賑わいである。カニ道楽やフグのずぼら屋など、まさに食い道楽の街やねんな。
太左衛門橋のたもとにある有名な店に並んでたこ焼きを買う。橋の欄干に凭れてアツアツのを二人で食べた。
千日前から法善寺横丁を抜けると水掛不動さんのところへ出た。大阪に来たら、自然とここへ足が向いてしまうから不思議だ。
法善寺の水掛不動尊は正式には西向不動明王と言うらしい。近辺には入ってみたい店が多くて、つい誘惑に駆られそうになる。
かつて織田作之助が愛したという自由軒の名物カレー(650円)。ここはナンバ千日前のアーケード街である。

9月13日(日)・21(月・祝)・27(日)09
家族で秋を楽しむ

9月13日(日)
  家族4人で日帰り旅に出かけた。行き先は那珂川である。上流に行けば鮎の梁場(やなば)がある。下流に行けば那珂湊のおさかな市場がある。
「さあ、どうする? 鮎の塩焼きがいいか。それとも岩ガキにする?」
「うーん、迷うなあ」
  息子は水戸インターを降りるギリギリまで迷っていたが、やっと結論を出した。それは「よし、鮎にしよう!」というものだった。
  なぜ行く先を息子に任せたかというと、仕事が多忙で滅多に帰宅できない彼の希望を最優先したのである。
  実は、私と妻と娘は、7月に同じ梁場へ若鮎を食べに行っていた。今日行けば2度目になるが、この季節の落ち鮎もまた一興というもの。
「おめでとう!」
  私たちはビールの大ジョッキを傾けながら、炭火でじっくり焙った鮎の塩焼きを一人3尾も食べ、ここにくれば必ず注文せずにはおかない豆腐と漬け物、それに鮎飯なども賞味した。明日は息子の27回目の誕生日。それを祝う意味も込めての日帰り旅なのだった。
9月21日(月・祝)
  シルバーウィークの1日、すぐ近くの伊那方面へ妻、娘とドライブに出かけた。いい秋を見つけたい。ちょっと気障に言えば、そんな気持ちである。
  去年マウンテンバイクで走っていて偶然に発見したヒガンバナの群生地に寄ったり、道端に咲いているコスモスやススキやハギを愛でたり、懐かしい昭和の匂いがする石炭工場を見物したりしながら、伊那地区の保養施設「きらくやまふれあいの丘」まで足を延ばした。
  帰りはスーパーに寄って、焼き立てふかふかのイギリスパンをゲット。昼に作った「わが家特製の具沢山カレー」と合わせて食べることにしよう。
9月27日(日)
  うーむ、一人きりの日曜日である。妻は仕事、娘は所用のため朝早く東京へ出かけた。牛久沼周辺を軽く散歩したあと、ゴルフの打ちっ放しに行く。150球を1時間半ほどかけて、ゆっくりと打つ。「誰よりも肩の力を抜いて打て」。そう、自分に言い聞かせながらクラブを振る。
  午後は久しぶりにマウンテンバイクに乗った。牛久沼に架かる細見橋を渡り、土手を走る。石ころだらけの砂利道がペダルを漕ぐ足に心地よい。サドルに腰掛けないで、ヒザの屈伸だけで衝撃を吸収する。ちょうどスキーをするときの感じだ。こうすればケツも痛くならない。
  夕方、藤代駅へ娘を迎えに行き、その足で桜ヶ丘団地の先の村までドライブ。コスモスの写真を撮ってきた。
ビールを飲みながら鮎を待つ。運転を任された娘はノンアルコールビールで我慢。ゴメン。
待て待て、もうすぐ焼けるぞ。一人で大型の鮎を3尾なんて、ちょっと贅沢かも。
焼き加減なら任せてくれよ。でも、おっとっと、これはちょっと熱いね。
この橋を渡って河原に降りたところに大瀬(おおぜ)の梁(やな)がある。ここはもう栃木県である。
梁の上で那珂川の流れを楽しむ観光客の人たち。ときどき落ち鮎がかかる。
きらくやまふれあいの丘。秋の七草のハギとススキが咲いている。もうすっかり秋だ。
きらくやまふれあいの丘。ススキのお化けのそばに立つ妻と娘をパチり。
きらくやまふれあいの丘。ハギのトンネル(まだ花が上まで伸びていないが)の下で。
つくばみらい市(旧伊奈町)の外れにある石炭工場「昭和瀝青」。何とも懐かしい匂いがする。
農家の庭先に咲いていたハゲイトウの花。正確には花ではなく葉っぱらしい。
人間の背の2倍以上はあろうかというアシ。今の季節、牛久沼はアシでびっしり覆われる。
牛久沼の土手から伊那方面を見る。鉄塔がどこまでも続いている。
湖畔のマコモ(あるいはガマか?)が風に揺れる。向こうに見えるのは大舟戸の村。
取手市神浦の村で見かけたコスモス畑。人家の庭には柿の実がなっている。

8月28日(金)09
日暮里駅前の盆踊り

夜、日暮里駅前を通りかかると、新しくできた高層ビル前の広場では盆踊りの真っ最中だった。「ひぐらしの里」再開発計画とやらで40階や30階のビルが3本も建ち、モノレールの日暮里・舎人(とねり)線が出来たりして、ここ2〜3年で町の様子もすっかり変わってしまったが、再開発後の盆踊りというのは、これが初めてではないだろうか。それまでは、駅前の大通りを交通遮断して盆踊りの場所を確保していたのだったが。
そういえば、今日は朝から神輿を担いで練り歩く音が聞こえていたわい。♪村の鎮守の神様の、今日は楽しいお祭り日〜ドンドンヒャララ、ドンヒャララ、ドンドンヒャララ、ドンヒャララ、朝から聞こえる笛太鼓〜。子供の頃に歌ったそんな唱歌を思い出す。ワシも古いのう。
考えてみたら、この時期は近所の「お諏訪様」こと諏訪神社の例大祭。昼間の神輿行列、夜の盆踊りは毎年の行事なのである。古い町並みは消え、新しいビルが林立し、町の様子はどんどん変わっても、こうした昔からのシキタリは残っていくものらしい。そう思えば、何となくホっとする。
浴衣を着た地元の人たちが「東京音頭」や「炭坑節」を踊っていた。若い人も結構いるね。
ビルの3階部分に設けられた歩行者専用デッキ。そこから祭を見物している人たちのシルエットがくっきりと浮かび上がっている。
お祭り広場は、まさにビルの谷間だ。向こうに見えているのはモノレール日暮里・舎人線の日暮里駅。
吊り下げられた提灯が風に揺れる。その風が、もうすっかり秋の風である。どこからか虫の音も聞こえる。
屋台からは美味しそうな匂いが・・。冷えたホッピーでもグっと飲りたいところ。それとも熱燗でいくか。
ヤグラの上と下で、それっ、テンツク、テンツク、ドンドンドンと太鼓の競演だ。
ヤグラの上では、選手交代。今度は小学生か幼稚園くらいの女の子が見事なバチさばきで太鼓を叩き始めた。

8月8日(土)09
利根川の花火大会に行く

本日、8月第一週の土曜日は利根川大花火大会が取手市で行われる。このところ毎年時機を逸していたのだったが、今年は行った。残念ながら妻も息子も仕事で忙しく、娘との2人旅となった。まあ、旅というほど大袈裟なものではない。クルマで隣町の取手市までちょっと足を延ばすだけ。
  利根川は花火の見物客で溢れかえっていた。聞くところによると、毎年10万人の人出があるらしい。これは、ちょっとした地方都市の人口に匹敵する。それだけの数の人々がこの利根川の河川敷に集まってくるのだ。
  私たちは飲み物やオードブルなどをスーパーで買い込み、早目に花火会場に到着して席を確保した。草の上にビニールシートを敷き、寝ながら花火を見るためである。有料の席もあるのだけれど予約が必要で、しかも畳2畳分のマス席が1万円もするという。うーむ、余裕があれば来年は家族でマス席を予約し、宴会気分の花火鑑賞と洒落たいものだが・・。
  花火は予定通り午後7時半にスタート。夜空一杯に広がる尺玉の音と光はさすがに迫力がある。周りの人たちにつられて思わず拍手をしてしまった。3か所から一斉に打ち上げられるスターマインもよかった。最後は恒例のナイアガラの滝でお開きとなった。
  気がつくと、缶ビール3本が空になっていた。オードブルやエダマメ、それに夜店の屋台で買った熱々のオムヤキソバでお腹も一杯になっていた。でも、クルマの運転を任せた娘には、ノンアルコールビールで我慢してもらい悪いことをしたと思っている。ゴメン。
利根川の土手の上の方まで人でぎっしり。土手には夜店が隙間なく並んでいる。
打ち上げ花火がズドーン。この音がいいのだ。
一発目が開いたと思ったら二発目がドカーン、と思ったら三発目がヒュルヒュルと音を立てて上がる。
枝垂れ柳のようにゆっくりと広がり、落ちてゆくスケールの大きさがいいね。
バチバチバチッと連続的に素早く鳴り、素早く開き、素早く散る白い花。
夜空を覆い尽くす真っ赤な花火の大輪だ。火の玉だ。
もう爆発といった方がいい。3か所から同時に打ち上げられるスターマインの強烈さ。
ナイアガラの滝と打ち上げ花火の同時競演。豪華だね。
本日の花火大会の最終章。もう狂ったようにズドドドドドとすさまじい。。

7月12日(日)09
那珂川上流で若鮎を食べる

夏場になると行かずにはおかない場所が2か所ある。お目当ての一つは那珂川河口にある那珂湊の岩ガキ。もう一つは同じ那珂川でも上流に位置する栃木県茂木(もてぎ)町大瀬(おおぜ)の梁場(やなば)の鮎である。
  今日は家族3人で那珂川の上流へ若鮎を食べに行ってきた。息子は残念ながら仕事が忙しく、家に帰れない状態が続いているので今日もパス。昼頃に出かけて、常磐道を水戸方面へひとっ走り。2時にはもう梁場に着いていた。私たちは河畔に設けられた囲炉裏に陣取り、炭火でじっくりと焼き上げた若鮎に骨ごとかぶりついた。必ず一緒に注文する豆腐と漬け物がこれまた素朴で旨い。ビールの大ジョッキをグイっとあおれば、川面を吹き抜ける風が心地よく肌をなぶってゆく。
「秋口にまた来るか」
「うん、今度は落ち鮎だね」
「だね」
  もう、次に来る相談をしている。それほど、ここは何回来てもよい。秋は新蕎麦のシーズンでもある。待てよ。秋まで待たずとも・・。
「帰りに蕎麦屋に寄ってみないか」
「わーい。いいね」
  そんなワケで、帰りは山間の蕎麦屋に寄り3人で天ぷら蕎麦を賞味。中途半端な時間で暖簾は畳まれていたが、ダメもとでお伺いを立ててみると、親切な女将さんが私たちのために店を開けてくれたのは有難かった。店の従業員さんたちが一つテーブルを囲んで、女将さんともども遅めの昼食を採っている最中だった。女将さん、ありがとう!
  店先で売っていたブルーベリーを一包み買い込み、それを食べながら帰途に着く。来た道とは別の道を走る。今度は高速でなくふつうの国道なので、運転は娘に任せる。というより、私は大ジョッキですっかりいい気分。蕎麦でお腹もくちくなって、眠気の中に身を沈めてしまっていたのだった。
鮎、早く焼けないかなあ。お豆腐、もう食べちゃったよ。
川には釣り人たちが一杯出ている。見ているうちに鮎が釣れていく。
竹で編んだデカいカゴは、この中に石を入れて川に沈め、梁の足場にするもののようだ。

5月3日(日・祝)09
ネモフィラの丘は夢世界

ゴールデンウィークのど真ん中。妻、娘と私の3人で日立海浜公園へ行ってきた。初めて行く場所なので、少し道に迷ったが割とスムーズに目的地に到達した。つくば市のわが家から常磐道を北へひた走り、水戸インターで降りて、大洗海岸方面へ。その途中に日立海浜公園はあった。毎年夏に岩ガキを食べに行く那珂湊は、すぐこの先だ。
  とにかく広大な公園である。だだっ広い。私たちのお目当てはネモフィラの丘という場所であった。写真で見た限りでは、ネモフィラという青い花が丘一面を覆い尽くしていた。そのブルーがあまりに綺麗だったので「実物を見てみたいね」ということになったのだ。
  確かに、ネモフィラの丘は美しかった。正式には「見晴しの丘」というらしい。広大だった。雄大といってもいい。海を見下ろす小高い丘があり、その丘を青い小さな花がびっしりと埋め尽くしていた。色は透き通るようなブルーだった。私たちはそのお花畑の中に続くなだらかな一本道を上ったり下りたりしては、立ち止まって遠くの景色を眺めたり、写真を撮ったりした。
  帰りは高速に乗らないで、国道6号をのんびりと走った。そろそろ外は暗くなり始めていた。考えてみたら満足に昼を食べていないことに気がつき、コンビニでサンドイッチを仕入れてクルマの中で食べた。家に着いたら9時を少し回っていた。夢に出てきそうなネモフィラの丘。今日は何となく不思議体験をしたような気がする。
ネモフィラの花に覆い尽くされた丘を歩く。
びっしりと丘を埋め尽くすネモフィラの花。
よく見ると、5弁の花びらが実に可愛く、可憐である。
おーい! 妻と娘がこちらを振り返った。
鯉のぼりが大きく風に乗って泳ぐ。下は菜の花畑。
日立海浜公園の中のポピー畑。
日立海浜公園の入口近くに咲いていたツツジの花。白。
同じく入口近くに咲いていたツツジの花。ピンク。

4月25日(土)〜27日(月)09
昔のクラス仲間で3人旅

ドクターシオことS君、アッツァンことY君、それに私の3人で旅をした。3人は鳥取の中学と高校を通しての同級生だが、この歳になるまで一緒に旅に出るなんてことはなかった。初めてのことである。
「人生、長生きはするもんだ・・」
  しみじみと、そんな気持ちになった3人旅だった。
  さて、そんな私たちの旅の一日目はドクターシオと東京駅の新幹線ホームで待ち合わせるところから始まった。郷里の鳥取で医師をしている彼は医学会に出席するため2日前に上京しており、今日からはオフになる。そのオフに私とアッツァンが便乗する格好で、「たまには3人で温泉にでも行ってみんかえ」
「ええなあ。行こうで」(以上、鳥取弁)
  ということになったのである。アッツァンは、自宅から便利な大宮で合流することになっていたのだが、果たして大宮駅のホームに新幹線が滑り込んだとき、アッツァンがニコニコしながら手を振っていた。彼は国立大学で教授をしている。
  と、こんな調子で旅の描写をしていくと大変長くなってしまいそうなので、ここからは大幅に簡略化させていただくことにする。
  同日、那須塩原駅からシャトルバスで大丸温泉着。乃木将軍の常宿だったという由緒ある旅館でさっそくひと風呂浴びてから食事。鍋を中心とした山里ならではの料理を味わい、地酒もいただく。その夜はたまたま、ジャズギターの夕べというのがロビーで催されていて、珈琲を飲みながら若いイケメンの演奏を聴いたりした。部屋では恥ずかしながら友人たちの前で尺八を一曲披露した。露天風呂は山から流れてくる川が温泉になっていて、その流れを堰き止めてあるだけの実に風流素朴な形。夜と朝とじっくり浸かった。
  翌日は朝食後、新緑に烟る界隈を散歩。3人で写真を撮ったりした。10時のシャトルバスで那須塩原駅へ。そこからJR東北線で宇都宮駅下車。
「宇都宮と言えばギョウザだよね」
  3人の意見はたちまち一致。駅ビルの中にあるギョウザ街の一軒で生ビールと数種類のギョウザを注文、賞味する。
「昼間のビールは効くゥ」
「ギョウザもマイウゥ」
  でも、ここで残念ながら、今日も大学で新入生の研修があるというアッツァンは東京方面へ。ドクターシオと私は、本夕もう一泊するため、平家の隠れ里たる湯西川温泉の、その名も「本家伴久旅館」へと向かうのだった。
大丸温泉旅館のロビーに飾ってあった乃木将軍の書。希典(まれすけ)という署名がある。
大丸温泉旅館のロビーでくつろぐドクターシオ(奥)とアッツァン(手前)。
JR列車内から撮った1枚。深い山の中にある温泉街の一画が見えている。
湯西川温泉「本家伴久旅館」の玄関でドクターシオとの記念ショット。
部屋から見た湯西川温泉「本家伴久旅館」のかずら橋。食事のときはこの橋を渡って向こう岸の食事処へ行く。

4月23日(木)09
亀戸天神へフジを見に行く

たまには都バスに乗ってのブラリ旅もいいもんだ。今日は思い立って日暮里駅前から「亀戸駅前」行きの都バスに乗り込み終点を目指した。そこからどこへ行くかというと亀戸天神である。いま、フジの花が見頃だろうからである。
  バスは三河島駅のガードをくぐり抜け、宮地ロータリーから明治通りへ右折し、あとは東へまっすぐだ。やがて国道4号(日光街道)との交叉点「大関横丁」から三ノ輪。南千住にほど近い泪橋交叉点を越えて白髭橋へ。そのまま隅田川を渡って向島百花園から京島、そしてすぐ亀戸駅前終点である。 この都バス路線は、期せずして下町巡りのコースとなっているのが面白い。途中何度も、下車してその辺の路地を探訪したい誘惑に駆られ、ウズウズする気持ちを抑えるのがやっとだった。
  亀戸天神は予想に違わずフジの花が満開だった。見事に垂れ下がった薄紫色の花房を見ながらしばらく境内を散歩したり、写真を撮ったりした。時刻もちょうど昼時だったので、門前通りの蕎麦屋で盛り蕎麦を食べ、再び同じバスに乗って帰った。帰ったとはいっても自宅に帰宅するのではない。事務所に戻って、午後からお茶でも飲みながらぼちぼち仕事に取りかかろうか、といったところである。
亀戸天神といえばフジ。長く垂れ下がった薄紫の花房が見事だ。
この大型の鳥はアオサギだろうか。それにしてもこんな都会のど真ん中に。
多分クスノキだと思うけど、新緑があまりに鮮やかなので一枚パチり。
亀戸天神の本殿。フジの見頃とあって平日なのに結構な賑わいである。
願い事が書かれ奉納された無数の絵馬。これって、毎年燃やされてしまうものなのか。
これと同じ風景を文京区の湯島天神で見たことがある。あちらは白梅で有名だが。
本殿から外れた寂しい一画にも、何枚かの絵馬が吊り下げられていた。
天神様といえば、やはり学問の神様・菅原道真。碑には5歳の菅公が詠まれたという歌が刻まれている。
琴柱(ことじ)灯籠越しに、池を隔てて本殿を見る。

4月12日(日)09
家族で春を楽しむ

「わーい、お花見だ!」
  四月。こうして4人家族で、手作り弁当を持ってお花見に行けるなんて何年ぶりのことだろうか。「神に感謝・・」。ちょっと大袈裟かもしれないが、そんな気持ちになった。
  朝、ゆっくり起床。妻は早起きしてお花見弁当作りに多忙の様子。いつもとは気合いが違う。これは楽しみだ。
  やがて子供たちも起きてきて、いざ4人家族でお花見へ出発。運転は、免許取り立てでハンドル操作に夢中の息子に任せ、この辺では知る人ぞ知るお花見の名所、農水省つくば研究所へとクルマを走らす。そこは、どこまでも続く桜並木と、広大な菜の花畑が同時に見られる希有な場所なのである。
  私たちは、さっそく桜の花の下に敷物を敷き、弁当を広げた。
「うーむ。これはすごいぞ」
  妻の最も得意とする煮物をはじめ、卵焼き、牛肉野菜巻き、ウインナ、塩ジャケ、肉ジャガ、トマト、イチゴ、それに梅干入りのでっかいおにぎりとタクワンなどが食欲をソ、ソ、ソ、そそるのだ。もちろん、冷えた缶ビールと、今日は特別に赤ワインも1本持ってきているときた(どうだ!)。
  桜はもうそろそろ散りはじめる時期で、少しの風でもハラハラと花びらが舞い落ちてくる。それを酒杯に受けては飲み、また受けては飲みし、私たちは愉快に笑い合った。
  弁当を平らげたあと、次の目的地である「シャトー神谷」へと向かった。旧名「牛久シャトー」。ここも言わずと知れた桜の名所である。つくば市とは牛久沼を隔てて対岸に位置する、国の重要文化財でもある。
  私たちは桜の散り敷く広い庭園をそぞろ歩き、牛久ワインを試飲し、地ビールを飲み、博物館や地下のワイナリーを見学し、レンガ造りのカフェで珈琲を飲んで過ごした。
  家族で春を堪能した一日だった。

農水省つくば研究所にて。背景に広がるのは桜並木と菜の花畑。
農水省つくば研究所にて。菜の花の香りが風に乗って漂ってくる。
シャトー神谷は、散りゆく桜の下、楽しそうに行き交う人々で一杯だった。
「おい、あそこ、地ビールやってるみたいだぞ」
「いいね。行ってみようよ」
こういうところは、息子と私はすぐに意見が一致する。
何やら夢想しているらしい地ビール売り場のお嬢さん。
うむ、いいね、この地ビール。何杯でもいけそうだ。
エダマメ、食べちゃった。もう、ない?
「どうしたの?」
「こんな所で何だけど、彼氏のことで悩みがあるの」
シャトー神谷の中に最近できたらしいカフェ。レトロな雰囲気がちょっとお洒落。
シャトー神谷の入口アーチ。向こうに見えるのはワイン博物館。地下に真っ暗なワイナリーがある。
娘いわく「ドラキュラが出そう」。
桜舞い散るシャトー神谷の庭をそぞろ歩く一家、わが一族。

4月7日(火)09
都電荒川二丁目まで散歩

「こんなところに公園があったのか」
  日暮里から下町方面へどんどんウォーキングをしていると、都電の荒川二丁目駅(というか停留所)に出た。そこは「荒川自然公園」の入口になっていて、案内版によると入場無料。なだらかなコンクリートのスロープを上るとそこが公園だった。一段と高い場所に造られた公園である。
  この高台は、東京都下水道局の三河島浄水場の上に築かれた人工地盤らしい。そういえば、古いレンガ造りの建物や、汚水を沈澱させたり循環させたりするためらしい幾つもの水槽も見える。この広い公園の地下にも巨大な下水道設備があるのだろうか。
  ともかくも、公園の内も外も春爛漫だった。桜はこぼれ落ちそうに満開である。色とりどりのチューリップの花も「カラフル!」と叫びたいほど鮮やかだ。そして、樹木の緑がちょうど私の好きな芽吹きどきなのである。新緑と呼ぶには少しばかり早い。こんな言葉があるかどうかわからないが「早緑」とでも形容したくなるフレッシュ感である。
  公園には池もあった。人工池であろう。信じられないことに白鳥が優雅に泳いでいた。高台の公園からの眺めはすばらしかった。下町の家々が遠方まで連なり、町屋の駅前ビルが目の前に見える。帰りは都電に乗って町屋の次あたりの駅で降り、そこから歩いて帰ることにしよう。
  ほんの軽く散歩のつもりが、2時間40分という長いウォーキングになってしまった。これは、私が密かに「東京大散歩」と呼んでいる部類に入る。そんなに自慢気に言うこともないのだが。

都電荒川二丁目駅。これは三ノ輪方面行きのホーム。
都電荒川二丁目駅の信号機。何だか妙に懐かしいね。
都電沿線の見事な桜並木。並木の奥は三河島浄水場。
三河島浄水場の建物。古いレンガ作りがレトロっぽい。
下町の路地で見かけた花。太陽とともに咲き誇る。
荒川自然公園の中の桜は超満開。モコモコ感がすごい。
整然とした荒川自然公園の中の路。テニスコートもある。
荒川自然公園。芽吹いたばかりのヤナギの若葉がいいね。
荒川自然公園。こんな高い所に池があるなんて不思議な感じだ。
荒川自然公園。陽を浴びて輝いているツワブキの葉。
荒川自然公園。みんなチューリップに興味津々のようだ。
荒川自然公園。枝をよく見るとうっすらと芽吹いているのがわかる。
荒川自然公園。同じ新緑でも木々によって色合いが異なっている。

4月3日(金)09
千鳥が淵へ夜桜を見に行く

かつての仕事仲間であるH氏およびN氏と私の3人で、千鳥が淵へお花見に行くことが恒例になって何年になるだろうか。今年も私たちは桜が満開の頃を見計らい、夕闇迫る本日6時半、九段下にある皇居田安門前に集結した。通りを隔てて目の前が靖国神社。逆に田安門を入れば北の丸公園。いずれ劣らぬ桜の名所である。
  ライトアップされた夜桜も見事だが、暗くて見えないお堀の奥の方までぎっしり桜で埋め尽くされている気配があって、今は盛りと咲き誇る花々の圧力というか空気感の厚みに圧倒される。
「今年も何とか元気で花見が出来たね」
  還暦をとっくに過ぎた者同士の会話を交わしながら千鳥が淵の方へと歩いてゆく。その頃になると舗道は人波で溢れかえり、これは例年のことであるが、人の流れに乗って少しずつ少しずつ歩を進めていくしかない。
「いやあ、見事だ」
「本当、すごいね」
  千鳥が淵の遊歩道に入ると、花影はますます濃くなって、思わず感嘆の声が洩れる。今年から少し照明のやり方を変えたようで、これまでの遠くから照らして桜の樹木全体を浮かび上がらせるのではなく、花のすぐ近くから強く光を当てて部分部分を強調する方法のようだ。
  私たちは1時間ほどかけてゆっくりと千鳥が淵の桜を満喫し、最後はいつものように竹橋のパレスサイドビルにある赤坂飯店へ。ここでお互いの健康を祝してビールで乾杯し、麻婆豆腐など定番の中華料理で締めるのが例年の習わしとなっているのだ。このビルはまた、かつて私たち3人が同じ職場で働いた思い出深い場所でもあった。もうはるか昔といってもいい30年以上も前のことになる。20代、30代の大半を過ごしたあの頃は、まさに私たちの青春そのものだった。

千鳥が淵の樹齢百年は超えるであろう桜並木。勤め帰りのサラリーマンやOLの行列が続く。
満開の夜桜の下でH氏の顔もすっかりほころんでいる。何だか嬉しくなってしまう。
お堀は恋人たちが漕ぎ出したボートで一杯だ。向こう岸の水際まで枝を延ばした桜が見事である。
千鳥が淵から大手町方面を望む。ビルの灯がお堀の水面に映って美しい。ここが都心であることを実感する。
桔梗門前の枝垂れ桜の下でN氏と記念撮影。H氏の手元がちょっとブレた感じはあるが、かえって雰囲気が出ているかも。

3月8日(日)09
筑波山の梅まつりへ

家族全員そろっての行楽は久しぶりである。自宅から1時間ほどのドライブで筑波山中腹の梅園へ到着。いま、毎年恒例の梅まつりの真っ最中で、花の下では優雅な茶会なども催されていたが、あいにくの寒さと時折りの小雨という天候のせいで人出は少ない。梅林の中にある休憩所で振る舞われた熱い梅昆布茶が美味しかった。
  私たちは石のベンチに陣取り、五分咲きの梅の花を見ながら缶ビールで乾杯し、妻手作りの弁当をアっという間に平らげた。何ということもない梅見の行楽だったが、家族4人がそろってというのが何よりのご馳走だった。今夜は、これから帰りにスーパーに寄って食材を買い込み、ちょっと贅沢なカレーライスでも作ることにしよう。

今年の梅の開花は遅めで、全体にまだ五分咲きといったところ。よく咲いている枝を選んでシャッターを切る。
妻はある物でアっという間に弁当を作ってしまうワザの持ち主である。達人である。
梅園のあちこちでは、カップルや家族連れが思い思いに集い、弁当を広げていた。
うーん。お母さんの煮物はやっぱり美味しい!
いやはや、梅干入りのおにぎりもエエで。
眼下に梅林。その向こうにはつくば学園都市がかすんで見える。

2月10日(火)09
谷中全生庵の黄金仏

ここ日暮里に仕事場を構えて10年以上になるが、谷中・根津・千駄木(略して谷根千)辺りを散歩するたびに、どうしても一度は写真に収めておきたいものがあった。その被写体とは?
「こ、これは何だ!」
  最初にそれを目にした時は驚嘆した。谷中の住宅街を歩いていると、突然、塀の向こうに黄金の仏像が現れたのだ。それも太陽の光を浴びて燦然と輝く巨大な仏像である。こんなところに、何で?
  それが、全生庵(ぜんしょうあん)という有名な寺の境内に建てられた立像であることがわかったのは、何年もあとになってからだった。住宅街の塀の向こうは、どうやら寺の敷地らしいということは想像していたのだが、何しろこの辺りは多くの寺が隣り合わせになっていて、どこに門があるのかが判然としなかった。幾つか当たりをつけて、何回目かに入った門の奥に黄金の仏像はあった。それが全生庵だった。看板の説明によると、三遊亭円朝をはじめ、私も知っている著名な歴史上の人物たちの墓地ともなっていた。

住宅街の路地の向こうに黄金の仏像の上半身が見えている。住所表示に台東区谷中五丁目とある。
思いきり近づいて撮った一枚がこれ。何とも不思議な構図である。
ある日、意を決して全生庵の門をくぐり境内に足を踏み入れると、黄金の仏像は墓地の奥の高台に聳えていた。
全生庵の墓地には、三遊亭円朝、山岡鉄舟、弘田龍太郎、松本楓湖など歴史上の有名人が眠っていた。
この標識によると、全生庵の開祖は剣と書の達人・山岡鉄舟とある。比較的新しい寺だ。
全生庵のある三崎坂(さんさきざか)の佇まい。道の両側には寺院が軒を列ねる。

1月1日(木・祝)09
冬枯れの牛久沼

元旦。家族3人で朝食。トースト。珈琲にはミルクをたっぷり入れて。息子は仕事が多忙で家に帰れない。さすがにちょっと寂しい正月である。
  休日出勤の妻をクルマでホスピタルまで送る。その帰りに娘と冬枯れの田園風景の中をドライブ。写真は、そのとき撮ったものである。
  昼は娘と鍋料理を作り、ビールを飲む。ひと休みしたら、もう妻をホスピタルへ迎えに行く時間だ。
 夕食の前に風呂に入って髪をカット。自分では見えない後ろの部分を妻にハサミで整えてもらう。おせち料理とお屠蘇で「明けましておめでとう!」の祝杯。大根の煮物もある。妻の勤務状態に合わせて、夕方からのやや変則的な正月祝いの膳となった。それもまたよし、である。
  正月2日目の明日は、家族3人で、最近出来たというアウトレット「イーアスつくば」へ買物初めに行ってみようということになった。


農道に停めたクルマの助手席で微笑む娘。娘はつい最近免許を取得したばかりである。
冬枯れの田んぼの向こうに横たわる筑波山。右の峰が女体山(標高877m)で左が男体山(標高871m)。
冬野菜の代表格ハクサイの葉がみずみずしい。太陽の光を浴びて力強く育っている。
大根の葉っぱもいいね。斜めから指す午前の冬陽が目に眩しいほどだ。
枯れススキと鉄塔。湖面の眺望を遮るものは何もなく、まさに冬枯れの牛久沼風景だ。
牛久沼の周囲にびっしり生えているアシ。大人の倍くらいの高さになるので、夏場は湖面が見えなくなる。



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