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                                    つれづれなるままに・・・ 「ひぐらしの里日記」 有田 昇
■2008(H20)年

12月6日(土)08
日暮里南公園の晩秋

私の小さなオフィスのすぐ近くに日暮里南公園はある。歩いて5分ほど。この公園は散歩というより、ちょっとしたエクササイズに利用させてもらっている。軽装にスニーカーという出で立ちでストレッチをしたり、公園の周囲を2〜3週ジョギングしたり、適当な立木の幹に向かって相撲取りがやるような鉄砲をしたりしている。
  時間は早朝か、出勤タイムが一段落して人が少ない午前9時過ぎくらいを狙うようにしている。それより遅くなると、幼児やペットを連れた若いママさんたちで公園は次第に賑やかになり、そんな中でいい歳をしたオッサンが一人体操などをしている光景というのは、どうも気後れがするからである。
  今日、朝の割と早い時間に南公園に出かけたのは、見事に実った柿の木を写真に撮るためだった。どういう理由か、公園のど真ん中に一本の柿の木が植えられていて、赤い小さな実を一杯につけているのだ。それも、葉っぱは一枚もなくて、柿の実だけが異様なほどにびっしりと、まさにすずなり状態なのである。何という柿の種類なのだろうか。こういう状態になってから、まるで成長が止まったかのように柿の実たちはそのまま枝から落ちることもなく、何か月間も目を楽しませてくれているのである。秋を過ぎ、初冬となった12月6日の今日に至るまで。


南公園へと向かう東日暮里の町の一画。何の変哲もない風景だが、この生活感というか空気感がたまらない。
公園入口のアーチをくぐると、このモニュメントが出迎えてくれる。ここは噴水広場になっていて、夏場は水遊びをする子供たちで賑わう。
すずなりに実をつけた公園の柿の木。このままの状態を何か月も保っているのが何とも不思議だ。
公園からの帰り途にて。家々の前には季節の花や植物の鉢植えが置かれ、目を楽しませてくれる。
公園からの帰り途、路地から見上げる晩秋の空が青い。張り巡らされた電線がまた風情があるね。
もうすぐ私のオフィスに到着。右側に見えているダークグリーンのマンションの4階に有限会社アリゴーがある。
マンションの1階は居酒屋「鳥八」。夏場は焼き鳥、冬場はふぐ料理が売りになっている。

11月30日(日)08
秋の谷中〜上野公園を歩く

  昨夜は仕事のためオフィスに宿泊。今朝は起き抜けにストレッチを17分やってから、トマトジュースにスダチ2個を絞り込んでグッと飲み干す。
 「ウウッ。身体に沁みわたる・・」
続いてヨーグルトをグラス一杯に注いで飲み干す。朝飯終了。
  仕事スタートは午前8時。テレビを点けてニュースやワイドショーなど聞きながらパソコンに向かう。
  一段落したところでウォーキングへ。なぜか、1日に1回は(できれば2回)外に出ないと気が済まない。身体がウズウズしてくる。
「谷中の大イチョウも見事に色づいただろうな」
  そんな期待感を胸に、スニーカーを履いて部屋を出る。私の足は山手線を渡って谷中霊園へ。秋色に染まった風景を満喫しながら、さらに上野公園へ抜け、最後は国立西洋美術館の前で止まった。以前から観たいと思っていた「ハンマースホイ回顧展」をやっていたからである。
  ヴィルヘルム・ハンマースホイ(1864-1916) は、生前にヨーロッパで高い評価を得た、デンマークを代表する作家の一人で、フェルメールを思わせる静謐な室内表現を特徴とする。室内画の舞台は主に自宅であり、登場人物として妻のイーダが後姿で繰り返し描かれている。モノトーンを基調とした静寂な絵画空間が、どういう理由か、妙な表現だが私の「食指を動かす」のだ。
  ハンマースホイを十分に堪能した後、再び谷中から日暮里駅前に戻り、その時間になるとさすがに行列もなく、一人分の席が運良く確保できた「川村」で、800円はチト高目ではあるが、蕎麦の大もりを注文。もちろん蕎麦湯は一滴も残さず飲み干し、満足して帰社した。午後の仕事スタートは3時頃となった。

谷中霊園の大イチョウは黄葉真っ盛り。冬は巨大な裸樹に、夏は濃いグリーンにと、季節ごとの変化は実にダイナミックだ。
大イチョウ近景。よく見ると、幹は根元から2つに分かれている。
私の大好きな樹の一つ、ナンテン。赤く熟した実が冬の到来が近いことを告げている。谷中霊園にて。
天王寺の境内。タイサンボクと大仏のある広い空間を前にすると不思議と心が安らぐ。
天王寺の大仏さん。つい先日改修されたばかりで、額に埋め込まれた黄金の玉も神々しく光り輝いている。
現在は閉じられている京成電鉄の旧「博物館動物園駅」。すぐ向かいに黒田清輝記念館があり、有名な「湖畔」が無料で観られる。
東京音楽学校(現・東京芸術大学)の奏楽堂。当時のままの外観を保ち、今でも随時、定期演奏会などが開かれる。国の重要文化財。
上野公園の紅葉風景。園内でもこれほど鮮やかな色のモミジは珍しい。向こうの建物は東京都美術館。
因州池田屋敷表門。偶然だが、池田藩は私の故郷である因幡の国(鳥取県)を指す。この門構えは最高の格式らしく、重要文化財。
池田屋敷表門の入口から、東京国立博物館表慶館の一部が見えている。正午近くの秋陽が目に眩しい。
東京国立博物館の本館正面。この建物自体も重要文化財だが、館内の国宝や重文を観覧するには多大な時間とエネルギーが要る。
イチョウの樹々から降り注ぐ木漏れ陽が気持ちいい。向こうに見えるのは国立科学博物館の正面入口。
国立科学博物館の屋外にあるシロナガスクジラの実物大オブジェ。全長30メートル。地上最大の動物はさすがにデカい。
国立西洋美術館の屋外展示。ロダン作「カレーの市民」。
同じく国立西洋美術館の屋外展示。ロダン作「考える人」。
同じく国立西洋美術館の屋外展示。ブールデル作「弓をひくヘラクレス」。
国立西洋美術館の入口に置かれた「ハンマースホイ回顧展」の立て看板。今日の散歩の最終目的はこの特別展を観ることだった。

 


11月23日(日・祝)08
紅葉の国道408

今日は3連休の中日。特にこれといった予定もなく、終日、気楽な時間を過ごした。
  朝は早目に起きて、妻、娘と軽い食事を摂る。珈琲とミルク、トースト&マーガリン、それにヨーグルトといういつもの献立。すぐに妻をホスピタルへクルマで送る。ナースをしている妻は今日は休日出勤なのだ。
  1週間分たまった新聞を読んだり、娘と広告の裏に四文字熟語を書き競う「漢字遊び」や、地名を書き競う「地理遊び」などをする。おやつはドーナツとカレーパン。
  お昼は、昨夜の鳥鍋の出汁が残っていたので、それで味噌汁を作る。ごはんと梅干、お茶。
  午後は娘とマウンテンバイクに乗って、近所の里山を走る。今日は「90分コース」だった。時間と距離によって「30分コース」「60分コース」「90分コース」などと決めているのだが、90分コースは割と長い方である。伊那の村を抜け、初めての風景の中を走る快感を味わった。最も長いコースは牛久沼を一周するコースで、これは2時間半くらいかかる。
  ひと休みしてから、午後の遅い時間に娘とクルマでつくば学園都市方面へ行く。国道408の並木が色づいているのを確かめるためである。期待に違わず、見事に紅葉した樹々が私たちを迎えてくれた。何枚か写真を撮った。その足で、ホスピタルへ妻を迎えに行く。帰りに、いつものように「おたる寿司」に寄り、回転寿司を3人でたらふく食べる。いまの時期、茶わん蒸しが旨い。生ビールも旨い。ただし、ビールなど酒を飲むときは「ごめん。運転頼むよ」と妻に頭を下げなければならない。この頃は娘も免許を取得したので心強い限りである。
  帰宅してひと休み。ミカンなど食べながら新聞を読む。夜はテレビを観たり、ネコのシロタンをかまったり、尺八を吹いたりして時を過ごす。風呂で体重を計ったら、先週より2キロ増えて67キロになっていた。ちょっと気を許すとこうだ。油断大敵である。


国道408はつくば市と千葉県の成田を結ぶ幹線道路。並木が整備されたこの辺りは欧米の郊外を想わせる。
落ち葉の降り敷いた舗道を歩くと、カサカサと乾いたいい音がする。
季節はまさに晩秋。カエデの一種だろうか、枯れ葉の中に文字通り真っ赤な紅葉も交じる。

11月4日(日)08
菊池武男とLANVIN

長財布を前々から欲しいと思っていたのだが、つい先日、つくば市の西武デパートの紳士小物売り場で購入した。妻と二人で見て歩いた結果、これに決めたのである。どこが気に入ったかというと、まず外側の革がしっかりしているのがいい。艶があって、明るい茶色のその色合いが気に入った。中を開くとファスナーがないのがいい。紙幣とカードを入れるのが目的のいわゆる「札入れ」を求めていたので、小銭を入れるためのファスナーは邪魔なのである。小銭はズボンのポケットに直に入れることにしている。この長財布が菊池武男だった。TAKEO KIKUCHIと洒落たブランド名で書いてあるが、要するに菊池武
男という職人さんが作った革製品である。
  もう1つ、お気に入りの買物をした。LANVINのブリーフケース、いわゆるビジネスバッグである。いま持ち歩いているカバンは、もうかれこれ20年くらい使っているもので、イタリア製なのだが、さすがにガタがきていて、いつ手提げ部分が取れてもおかしくない状態になっている。これも長財布と同じく、前々から「新しいのを買わねば」と思っていたのだった。それまでも機会があるごとに、有楽町阪急やその他のデパートなんかも見て歩いてはいたのだが、品揃えがイマイチだった。それが、何かのついでに池袋西武デパートの紳士カバン売り場に立ち寄ったところ、あるわあるわ、さまざまなブランドのさまざまなカバンが所せましと棚に並べてある。そのときは時間もなく、ざっと見て「うん、買うならここだ」と心に決めていたのだ。そして、今日ついに、目的を果たしたというワケである。
  このカバンのどこが気に入ったかと言うと、やはり造りがしっかりしていて、色と形がそれまで20年間慣れ親しんでいたカバンと似ていて抵抗感がなく、すんなりと受け入れることができた。女性の店員さんの応対も良く、何よりだった。他に「これも悪くないな」と迷ったカバンがあった。これは値段も手頃なバーバリだったが、イマイチしっくりこなかった。
  後日、妻に「死ぬまでにもうこれ以上新しい財布やカバンを買うことはないだろうな」と言うと、なぜか笑われた。でも、これは私の本音である。あと何年働けるかを考えてみると、せいぜい10年くらいのもの。そんなときまで、これらビジネス用品は十分に持ち堪えてくれるであろうから。

10月21日(火)08
トマトジュースとスダチ

火曜日の朝。何でもないふつうの朝である。いつものように、起き抜けにトマトジュースにスダチ3個をたっぷり絞り入れて、一気に飲み干す。
 「ああ、自分の身体が潤っていく」そんな風に感じる。たっぷりの水分と、トマトに含まれるリコピンなどの滋養分が、毛細血管を通って身体の隅々まで行き渡っていく感じ。それとスダチ3個分のビタミンCとクエン酸のキリリ感がたまらない。あと、グラス一杯のヨーグルトが私の朝食である。これに、バナナが1本加わることがある。

10月13日(月・祝)・19日(日)08
柿実る秋(自宅周辺)

私の自宅は茨城県つくば市の最南端に位置し、牛久沼に突き出した半島の高台にある。自然に恵まれ景色はいいが、交通の便は極めて悪い。常磐線藤代駅からバスで20分、そのバス停から歩いて25分の所に自宅はある。だから、クルマは必需品だ。同じ団地の家々には大抵クルマが2台ある。我が家もその例に洩れず、2台の軽自動車を有している。
  そんなワケで、週末は自宅周辺の里山をマウンテンバイクで走ったり、ウォーキングしたり、東京の仕事場にいるときの何倍も深呼吸したりして思い切り自然を満喫する。ここ数日は近所を歩き回って「柿の実のある風景」を追いかけた。その一部を紹介する。上の写真は、秋の西日を受けて光り輝く柿の実。


牛久沼に突き出した半島の岬へと続く田舎道。それにしても田舎の家は立派である。
岬から、牛久沼の最も広い方角を眺める。対岸は国道6号と常磐線が平行して走っている。
農家の庭には必ずといっていいほど柿の木がある。この時期、柿の実が鈴なりだ。
ここにも柿が鈴なり。農家の白壁が背景になって、柿の実の黄色が際立つ。
この柿の実は甘いか、それともシブ柿か。ひとつ拝借して試してみたい気がする。
柿もよく実っているが、畑のサトイモもよく育っている。

10月3日(金)08
根岸の「鍵屋」で飲む

東日暮里を散歩していたらケータイが鳴った。
「アリちゃん、これから鍵屋に行くんだけど、よかったら来ない?」
「キリちゃん、久しぶり! いいねえ。すぐ行くよ」
  鍵屋は根岸にある雰囲気のある居酒屋で、カウンターの中から亭主の出す酒とおでんが旨い。ここ東日暮里からは隣町なので、20分もあれば歩いて行ける。
  店に着くと、カウンター席でキリちゃんとミキオちゃん、それにキリちゃんの奥さんのエリザベスさんが飲んでいた。エリザベスさんはアメリカ東海岸ボストン出身の名家のお嬢さんで、日本生活は長く、現在はNHK2カ国語アナウンサーの仕事をしている。ミキオちゃんは、オリンピック水泳金メダルの鈴木大地選手の叔父である。
  そんなことはどうでもいいが、3人とも古くからの私の友人で、ときどきこうして飲む機会がある。また、画家のキリちゃんが年に1回は開く個展には必ず集まる仲間でもある。
  この日記は何か月も後になって書いているので、この日、何を話したかはすっかり忘れてしまったが、写真で見る限り何だか楽しそうな感じだ。いつものように冗談を言ったりしながら和気あいあいと飲んでいたのだろう。
  ひとつ思い出したのは、このあとみんなで谷中の路地裏にある小さな店で飲み直したことだ。確かその店はキリちゃん夫妻が行きつけの「隠れ家」的な店で、気さくな夫婦がやっている居酒屋だった。そこで私たちは深夜までビールやワインを飲み、ラーメンを食べ(ご主人が作ってくれる特製のラーメンがこれまた旨いのだ)、カラオケに興じたのだった。
  それにしても、ブログは記憶が新しいうちに書いておかなくてはならないなと、つくづく思う。反省した次第である(7/18/09記)


居酒屋「鍵屋」は台東区根岸にある。駅でいえば山手線の鴬谷から歩いて5分といったところ。
キリちゃん(左)とは「お互いに髪が白くなったね」などと話し合っている。
写真は奥からミキオちゃん、エリザベスさん、きりちゃんの3人衆。
エリザベスさんと私が手に持っているのは、近く銀座松坂屋で開かれるキリちゃんの個展ポスター。
この店の一画にキリちゃんの画が飾られている。下町の長屋を描いた画である。

   2週間後に開催されたキリちゃんの個展にて(10月18日08)

受け付けでお客さんに応対するキリちゃんとエリザベス夫妻。後ろの壁にはキリちゃんの自画像。
会場に設置されたビデオルーム。テレビなどでたびたび紹介されるときのキリちゃんの通り名は「下町の放浪画家」である。
広い会場の壁一面にはキリちゃんの最新作がズラリと展示されていた。
会場入口に張られたポスターと花に見入るファン。
キリちゃんの個展は銀座松坂屋の特設画廊で開かれた。

9月28日(日)08
牛久大仏を見に行く

牛久浄苑にある牛久大仏に行くのはもう何回目だろうか。東京の人があまり東京タワーに行かないように、つまり地元の人は地元の名所にあまり行かないというのが定説になっているようだが、わが家にこの定説は当て嵌まらない。牛久大仏にはもう何度となく行っている。そんなことは少しも自慢になりはしないけれど。
  120メートルの牛久大仏は、何でも世界一の高さだそうだ。国道408を走っていると、山の向こうにそびえているのが遠くからでも見えるが、それは一種異様な感じだ。何というか、宇宙的とでもいいたくなるような感じ。
  以前一度だけ、拝観料を払って大仏の中に入ったことがある。エレベーターで大仏内部を上の階へ昇って行き「胎内巡り」のようなことをした記憶があるのだ。高さにすると80メートルくらいになるのではないだろうか、確か大仏の胸の辺りに開けられた窓から外の景色が眺められるようになっていた。展望室とは別にかなり大きな部屋があって、そこには個人の霊を永代供養できる夥しい数の仕切り間が壁一面に設置されていた。まあ、言ってみれば超ミニサイズのお墓のようなものと考えられる。サイズによって何十万円とかの値段が表示されていたように思う。
  この日私と妻と娘の3人は、大仏を背にして写真を撮ってその巨大さに改めて感心したり、ズラリ並んだみやげ物店を冷やかしたり、自動販売機のお茶を飲んだりしたあと、次の目的地に向かった。筑波山をドライブして八郷村に入り、こちら方面に来たら絶対に寄らずにはおかない手打ちそばの店に立ち寄り、遅めの昼食を摂った。地の野菜や茸を揚げた天ぷらそばがとてつもなく旨く、量も多い。「ゴメン。頼むよ」と妻に運転を代わってもらうことにしたビールも、これまた滅茶苦茶旨いのだった。農家が道端で売っている旬の柿と梨をカゴ入りで買い、夕方、無事に家に帰着した。


駐車場の背後に聳える牛久大仏。120メートルの巨大仏の前ではクルマも小さく見える。
牛久大仏の足下でピースサインを出す妻と娘。こうして見ると母子で脚の長さが大分ちがうね。

9月23日(火)08
千手院のヒガンバナ

つくば市南端に位置する自宅周辺はいわゆる里山で、初秋の今頃はヒガンバナの季節だ。あの何ともいえない可憐かつ華麗な花姿を田んぼの畦道なんかに発見すると無性に嬉しくなる。私は昔からこの花が好きで、ワンシーズンに一度は見ないと気が済まないところがある。
  今日はお彼岸の中日、秋分の日だ。マウンテンバイクに乗って伊那(つくばみらい市)の千手院まで行って来た。歩くと大変な距離だが、自転車だとグンと行動半径が広がり気軽に足を延ばせる。田んぼや、川や、丘や、村など典型的な里山風景の中を、ゆっくりと走ることおよそ30分。私が密かに「彼岸花の隠れ里」と呼んでいる、それは見事なヒガンバナの群生地に着いた。
  千手院の歴史はよく知らないが、境内に人っ子一人見当たらない寂れた寺である。蝉時雨の中で、ただヒガンバナだけが鮮やかな真紅の花弁を惜し気もなく秋の陽に晒していた。


人気がなく、静まりかえった千手院の境内。ネットでも見当たらない名もなき(名前はあるが)寺のようだ。
千手観音様でも納められているのか、果たして千手院というお寺にはどんな云われがあるのやら。
独特の形をした花は貴婦人のような趣がある。でも、この花は有毒で、なおかつ薬にもなるらしい。
葉がないのがヒガンバナの特長だ。地面から真っすぐに伸びた茎の先にいきなり花が咲く。
初秋の陽を浴びて、真っ赤に群れ咲くヒガンバナ。伊那には、このようなヒガンバナの群生地があちこちにある。
村の風景。向こうに見えるビニールハウスの中には鉢植えの花々が一杯に並べられていた。空には秋の象徴ウロコ雲が。
村の風景。農道と水路がどこまでも真っすぐに続く。
刈り取りの終わった田んぼ。もう芽が大分伸びているが、もちろんこれは食べられる稲穂にはならない。

8月28日(木)〜30日(土)08
今夏も南軽井沢へ

つくば市の自宅を昼頃に出発して、すぐ近くの谷田部インターから常磐道に入り、三郷JCTから外環へ。しばらく外環を走って大泉JCTから関越道へ入り、さらに藤岡JCTから上信越道をひた走り、碓氷軽井沢インターで降りて南軽井沢のレイクニュータウン別荘地まで。途中ゆっくり休憩を取りながら4時間弱のドライブであるが、もう何度となく通っている道だから慣れたものである。途々、見逃せないのは妙義山の奇岩群である。これはいつ見ても大自然の造形美の見事さに感心する。
  明るいうちに別荘についたので、湖の周りを散歩したり、二階のベッドを整えたり、畳の部屋に寝転んだりして過ごす。暗くなる頃、近くの「きりさと」という蕎麦屋さんへ出かけ、ビールや地酒を飲みながら手打ちの天ぷら蕎麦を賞味。落ち着いた感じのいい店だった。
  2日目は旧軽井沢の万平ホテルでお茶を飲む。明治時代中期創業の歴史あるホテルで木造三階建て。ジョン・レノンが定宿にしていたらしく、彼にちなんだ土産物なども売られていた。
  そこから、追分にある「堀辰雄文学記念館」まで足を伸ばす。娘は、この昭和初期に活躍し48歳という短い生涯を終えた文学者にすっかり心を奪われたらしく、ものすごく熱心に彼の足跡を見て回っていた。終いには「風立ちぬ、いざ生きめやも」という有名な一節とその意味を空で言えるようになってしまった。
  私たちはそれから中軽井沢まで戻り、森の中の星野温泉エリアにある日帰り温泉リゾート「トンボの湯」に向かった。そこで源泉掛け流しの露天風呂にゆっくり浸かって汗と疲れを流したあと、街道沿いにある「ツルヤ」という大きなスーパーで地ワインと地の食材をたっぷり買い込み、別荘への帰途についたのだった。


関越道高坂SAでひと休み。手作りの弁当に舌鼓を打つ。妻は有り合わせの材料でアッという間に弁当を作る名人だ。
別荘に着いたら、ひとまずキッチンでひと休み。さあ、今夜のディナーは何にする?
別荘のリビング。カーテンの外はまだ明るい。夕食までのひとときは散歩したり自転車に乗ったり。
万平ホテルの玄関で記念撮影。陽射しが眩しい。従業員の方が親切にシャッターを押してくれた。
万平ホテルのカフェテラスで、ジョン・レノンが好んだというロイヤルミルクティーを注文する。ついでにアップルパイも。
堀辰雄文学記念館の看板を背にポーズを決める(?)。ちっとも決まっていないけどね。
記念館には、堀辰雄の文学作品や写真、彼が着ていた背広などが陳列してあった。代表作「風立ちぬ」の自筆原稿もある。
記念館の庭には、まだ8月だというのに萩の花が・・。もう秋か。まさに、風立ちぬ。
1日目の夕食は南軽井沢の蕎麦屋さんだったが、2日目は中軽井沢にある大きなスーパーで食材とワインをゲット、別荘でいただく。
2日目の夜、尺八を吹いていたら、知らない間に娘に撮られていた。
とはいえ、まんざらでもない気持ちである。

8月27日(水)08
根岸の「とき」よ、さようなら

ついに、根岸の居酒屋「とき」が閉店することになった。理由は女将さんの健康である。いわゆる「寄る年波には勝てず」ということになる。昭和4年、巳年生まれの女将さんは「アタシはヘビ年生まれでね、トグロを巻くんだよ」と自分がかなりの酒好きであることを女将さんならではの表現で公言していた。午後9時になると必ず焼酎と日本酒を飲み始める。だから、夜が更けるにつれて、次第に女将さんの呂律が回らなくなり、勘定計算もいい加減になってくる。
  最近では、すっかり物忘れもひどくなっていた。おまけに以前から腰の痛みにも苦しんでいた。そんな状態であったところに、ここ数日風邪をこじらせて店を休んでしまったのが相当に堪えたらしい。
「娘にも説得されてさ」
  今後は茨城県牛久市に住んでいる娘さん宅に身を寄せるという。そういえば「娘が心配してね。早く店を閉めろって、うるさいんだよ」と口癖のように言っていた。これからは、孫や曾孫に囲まれて幸せな余生を送ることになるのだろう。そう考えれば、毎週1、2回は通っていた常連の一人としては寂しい限りだが「ま、いっか」。
  思えば「とき」との付き合いも相当になる。7年前のある夜、何の因果か、友人と3人で根岸の里の路地裏に迷い込み、ふと飛び込んだのがこの「秋田料理きりたんぽの店」だった。以来、私はすっかりお馴染みさんになり、一人で飲みに来るのはもちろん、仕事仲間と打ち上げに、少人数でのクラス会や忘年会にと、名目をつけては通い詰めた。家族と来たこともある。5年前には、40周年を祝う「記念の夕べ」もやった。
  しかし、何といっても忘れられないのは、この店で出合った「お客さん」たちの思い出である。男も、女も、年齢も、職業もさまざまだが、彼ら彼女ら一人一人の顔であり、声であり、交わした言葉の数々である。祭り好きの下町の若者たち、ご近所のおじさんやおばさん、必ず夫婦で見える食堂のご主人や町工場の社長さん、凧作りが趣味の職人さん、浅草で飲食店を経営しているママさん、毎晩ここで食事をしていく独身のナイトウちゃん、ときどきカウンターの中に入って美味しい料理を手早く作ってくれるケイコさん、元芸者のお姐さん方(そのうちの一人のヨシマル姐さんから私はゴルフクラブを2本譲り受けるという恩恵に与った)、いつでも自転車を自由に使わせてくれたオクちゃん、熱狂的なロッテファンのユキオちゃん、など思い出せばキリがない。
  そんな私の生活の一部ともなっている「とき」とも、いよいよ今週でお別れである。さようなら「とき」。女将さん、いつまでもお元気で!


色褪せボロボロになった赤提灯とも今週でお別れ。何だか無性に寂しいなあ。
路地の奥の行き止まりに「とき」はある。夏は戸を開けっ放しにして風を入れ、店内には蚊取り線香を焚く。
毎年、お客さんの誰かが必ず酉の市の熊出をお土産に持ってくる。そして別の誰彼が祝儀のお札を挟み込む。
いつだったか私の息子が描いた女将さんの似顔絵。女将さんいわく「あたしの宝物だよ」。
店の40周年を祝って私たちの発案で手作りした「生ビール券」。5年も前のことになる。
お客さんの中に趣味で凧を作る人がいて、これもその一つ。提灯もやはりお客さんからのプレゼント。
奥の座敷でくつろぐK氏と私。広告代理店に務めるK氏はときどき店を接待に使っていた。
酒がべらぼうに強い酒豪のHちゃん。最近結婚したので、姓は変わったかもしれない。
コピーライターのO氏。仕事を終えてはよくこの店に一緒に来た。話題はもっぱら映画や演劇の話だった。

8月4日(月)・23日(土)08
茨城の海と川を楽しむ

8月4日(月)
 暑い盛りの夏の一日、また今年も茨城の海へ岩ガキを食べに出かけた。仕事で多忙な息子は来られなかったので、妻と娘と私の3人旅である。旅と言うほどでもない。自宅からすぐの谷田部インターから常磐高速道に乗り、約1時間ほどドライブすれば那珂湊の海辺に着く。
  那珂湊サカナ市場のいつも行く店「森田水産」で、山積みされた岩ガキの中から奮発して1個700円の「特大」を注文。店先に立ったまま、レモン汁と醤油を少し垂らし「チュバッ」と音を立てて呑み込む。大きすぎて一口では食べきれないので、二口か三口で食べる。さすが海のミルクといわれるだけのことはある。こんなに大型の岩ガキは2つも食べるとお腹一杯になるので1つにとどめ置く。そして、その後は、森田水産の2階に上がり、行列の出来る人気回転寿司のカウンターに陣取り、海から上がったばかりの新鮮な海の幸を堪能するのだ。
  お腹がくちくなった私たちは、干物や塩からなどの産物を買い込み、河口付近に架かる赤い橋を渡って対岸の大洗海岸でしばらく時を過ごした。どんな時を過ごしたのかといえば、さっき飲んだ生ビールが効いたのだろう、砂浜の東家で3人ともぐっすり眠り込んでしまったのだ。何もかも忘れて、のんびりと海を楽しんだ一日だった。
8月23日(土)

 海の次は川である。私たち夫婦は今年もまた那珂川へ鮎を食べに出かけた。毎年行くので、途中の道をすっかり覚えてしまった。常磐道を谷田部インターから入って下り方向へ40分くらい走り、水戸インターで降りて、あとは国道123号線を道なりに、緑濃い山間の人里をのんびりと行く。那珂川沿いに上流へと上っていくその感じが何とも好い。
  途中には道の駅「かつら」や、日帰り温泉「四季彩館」や、御前山という史跡などがある。今はまだ早いが、晩夏の頃には白い小さな花を一杯につけたソバ畑があちこちに出現して目を楽しませてくれる。この清冽な空気感を求めて毎年ここに来ると言っても過言ではない。とか何とか、本当はやっぱり鮎が食べたいんだよね。
  そうこうするうち、私たちはもう完全に山の中、栃木県の大瀬(おおぜ)という梁場(やなば)に到着。那珂川の川べりに設営された囲炉裏小屋に入り、大振りの天然鮎を炭火でじっくり焙りながら生ビールで喉を潤す。
「ウウ、旨い」
  まさにこのひとときを待っていたのだ。鮎が焼ける間、ナスとキュウリの漬けものと冷やヤッコを賞味する。これがまた素朴な味で結構イケるのである。それから私たちは梁場に降りて水と戯れたり、近隣農家の人が駐車場の片隅で売っている採りたての野菜や米や果物などを物色したりしたあと、川べりの木陰にビニールシートを敷いて、しばし午睡をした。海とはまた一味違った、山間でのゆったりした時間が流れていたようだった。


那珂川河口付近に架かる赤い橋を大洗海岸側から見る。対岸は那珂湊のサカナ市場。
大洗海岸にある水族館「アクアワールド」。もう10年以上も前に娘は小学校の遠足でここへ来たことがあるという。
那珂川上流にある大瀬の梁場。ここはもう栃木県。激しい流れに棹差す梁架けはプロフェッショナルな大仕事だ。
梁で獲れた大型の天然鮎に塩を振り、串刺しにして炭火でじっくりと焼く。これが何ともこたえられない。
清冽な水と空気に囲まれて梁の上に立つと、しばし真夏の暑さを忘れる。

7月6日(日)08
田んぼは緑の絨毯だ

「わーい、グリーン・カーペットだ」
  ドライブしていると、助手席の娘の口からそんな言葉が洩れる。ここ牛久沼周辺の、田植えから2ヶ月近く経った田んぼは、まるで緑の絨毯を敷き詰めたようである。
  クルマを停めて畦道に足を踏み入れ、稲の成長を間近に見る。若い稲の葉先を揺らして夏の風が吹き抜けていく。田んぼ全体が波打つ様子が何とも躍動的だ。
  それにしても、稲の成長は早い。ついこの前の連休の頃は、田んぼは一面に水を張った湖のようになっていて、まだ稲のイの字もなかったのに・・。これが来月にはもう、信じられないことに黄金色に輝き、実りの季節を迎えるのだ。


田んぼは続くよ、どこまでも。電柱も続くよ。空が実に広いなあ。
稲の一本一本が真っすぐに空に伸び、根は見えないがしっかりと土と水を掴んでいるのだろう。


6月14日(土)・15日(日)・28日(土)08
牛久沼の初夏は花盛り

 6月14日(土)
 この季節、牛久沼は花盛りだ。アジサイは私の大好きな花の1つ。自宅を出て湖畔をしばらく歩くと、アジサイが満開の一帯に出る。そこは、牛久沼の広い水面が一望できる場所で、岬の突端でもある。昔漁師の守り神でもあった水神様や、小高い丘の上には弘法大師空海が立ち寄ったという大師堂もある。
  大師堂の隣には、知る人ぞ知る「岬」という名のうなぎ屋さんがあり、ここはおそらく、牛久沼周辺に散在するうなぎ料理店の中でも、最も知られない穴場的な店であろう。交通も不便で、こんな所まで足を延ばす人はまず少ないと思われる。それがまた、安くて旨いから嬉しいのである。わが家からは歩いて5分の所にある。
 6月15日(日)
  牛久沼あやめ園のハナショウブが見頃を迎えた。さっそくクルマで出かける。わが家からは、牛久沼のちょうど対岸にあり、クルマで20分くらい。先月はここに家族でフジの花を見に来た。今月はハナショウブやアヤメ、そしてアジサイがほぼ同時に花開く。まさに牛久沼の初夏は花盛りである。
 6月28日(土)
  何でもない休日の午後、妻と二人で牛久沼を散歩しながら、季節の花々や植物を写真に撮ってきた。自宅庭のガクアジサイ、シャラから始まって、ザクロ、ドクダミ、クチナシ、アシビ、ヒャクニチソウ、それに名も知らぬ雑草や樹木など。デジカメで気ままに季節感を撮る。
  ちなみに、散歩のあとは風呂に入ってヘアカット。自分では見えない後頭部は妻のハサミで髪をそろえてもらう。散髪には1972年3月10日以来、行っていない。夕飯のメニューはビール、酎ハイ、イワシ煮、ブタと野菜の炒め物、キュウリとチリメンジャコの酢の物、それにヤマイモかけご飯だった。


やっぱりアジサイはブルーがいい、と私は思う。
とは言っても、ピンクも悪くないね。
群生するアジサイの向こうに牛久沼の水面が見える。
白いアジサイは、どちらかといえば珍しい。
田んぼの中の畔道に、贅沢な花むらが突然現れて目を楽しませてくれる。
牛久沼あやめ園。黄色い花菖蒲の上を初夏の風が吹きわたる。
牛久沼あやめ園。見事な絞り模様のアヤメを接写でパチり。
わが家の庭に咲いたガクアジサイの花。
わが家の庭にあるシャラの木。別名ナツツバキ(夏椿)。
わが家の庭。奥に見える3本の株立ちがシャラの木。
知る人ぞ知る穴場的存在のうなぎ屋さん「岬」。自宅からは歩いて5分。
牛久沼の散歩道に咲いていたクチナシの花。地味だが香りは強烈である。

5月23日(金)〜25日(日)08
弟たちと草津温泉へ

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草津よいとこ、一度はおいで、どっこいしょ〜♪と民謡に歌われる草津温泉に行ってきた。今夏、還暦を迎える上の弟が「わしの還暦祝いは草津温泉がええ」と言ったのが、そもそもの始まりだった。もう何ヶ月も前のことだったが、それから下の弟とも連絡を取り合って日取りを決め、泊まるホテルを決め、電車の予約も早々と済ませ、いよいよこの5月の下旬に実現する運びになった。3人兄弟が揃って旅行するのは久しぶりのことだった。
 まず、初日の金曜日の夜は、上の弟が鳥取から、下の弟が岩手の北上から東京の私のオフィスに集結。鳥取土産のアゴチクワとトウフチクワで軽く乾杯し、予約しておいた「伊豆栄梅川亭」の個室で還暦祝いの膳を囲んだ。上野公園の中にあるウナギで有名な老舗で、私のオフィスからもほど近い。浅草から若い美人の芸者さんが来ていて(あとで聞いたらアルバイトだと自分で言っていた)、祝いの踊りを舞ってくれたのは幸いだった。 特別な料金を取られなかったのも幸いだった(なかなか、いいサービスをしているね)。
その夜は、さらに「神谷バーで電気ブランを飲みたい」と言う還暦の弟の望みを容れて浅草へ足を延ばし、3人でもう一度乾杯した。弟たちは、JR山手線の田町駅の近くに宿を取っていた。
 2日目の朝、上野駅に集合。上越線の特急で一路長野原(群馬県)へ。ビールを飲みながらの気楽な旅になった。長野原草津口駅からはバスで草津温泉へ30分ほどで到着。まだ時間に余裕があったので、これも還暦の弟の「わしゃ、昔から白根山に一回登ってみたいと思っとった」という願いを叶えるべく登山バスに乗り換え、海抜2千メートルを超える草津白根山「湯釜」まで辿り着いたのだが、最後はやっぱり息が切れた。そんな私たちを、明るいエメラルドグリーンの湯釜が神秘的に出迎えてくれた。
 さて、お目当ての草津温泉であるが、目指す旅館に明るいうち到着した私たちは、荷物をいったん部屋に置いて草津の街中にくり出し、有名な「湯もみ」ショーを見物したり、温泉情緒に満ちた路地をそぞろ歩いたり、お土産を買ったりしたあと、その夜は源泉かけ流しのお湯にゆったり浸かり、豪華な夕食と地酒に舌鼓を打った。老舗旅館の女将さんや従業員の方々のおもてなしも申し分なく、何もかも心ゆくまで楽しむことができた。私たち3人兄弟にとって、忘れ難い還暦祝いの旅となったのだった。
 次は5年後の2013年(平成25年)、還暦を迎える下の弟のために、一体どんな還暦祝いになるのだろうか。


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旅の前夜、上の弟(写真右)が行きたいと言っていた浅草の「神谷バー」で乾杯。
湯釜を背にカメラに納まる我が弟二人。いい記念になったね。
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草津温泉のシンボル「湯畑」が私たちを出迎えてくれた。
湯畑からは、惜し気もなく大量の熱い温泉が流れ出している。温泉の湧出量は日本一らしい。
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高台にある神社から湯畑と温泉街が一望できる。
西の河原の上流には巨大な露店風呂温泉があった。時間があれば一風呂浴びてもよかったのだが・・。
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こんな風情のある路地が、草津の町のあちこちに不規則に走っている。
お世話になった旅館を背景に、3兄弟が揃って記念写真。

5月21日(水)08
今日も根岸の「とき」で飲んだ

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今夜も「とき」に行った。連チャンである。実は昨夜も、ひと仕事終わったあとコピーライターのO氏と行ったのだが、そのとき耳にした「明日はグリーンピースごはんだよ」という女将さんの一言が心に残っていたのだ。
 客は私の他に、女性が2人。カネコさんとトシコさんだ。二人とも相当に飲み進んでいる様子。カネコさんは日本酒、トシコさんはビールだ。
 トシコさんは、たまにしか会わないが、いつも静かにビールを飲んでいる。酒はあまり強くないようで、大瓶2〜3本でフラフラに酔っ払ってしまう。もう2年以上も前になるだろうか、トシコさんがカウンター席からゴロンと後ろに転げ落ちる瞬間に居合わせた。女将さんと私とであわてて彼女の大柄な身体を起こしたものだ。トシコさんは元日立のバレー選手だったらしい。女将と同じ秋田出身。
 「いつもの筑波のナンキン豆。みんなで食べて」
女将さんに袋ごと手渡すと、中身が皿に盛られてカウンターに出された。カネコさんが、ナンキン豆に割れ目を入れて両耳にぶら下げた。
「どう? イヤリングよ」
カネコさんって、こんなにも「ひょうきんおばさん」だったのだ。私たちが面白がると、カネコさんは今度はナンキン豆を鼻にぶら下げた。そ、それは、ちょっとやり過ぎだよ。カネコさん。
 話はそれから、レンゲ畑で遊んだことなど、子供の頃の思い出へと流れていった。
しばらくするとタミちゃん登場。今日は娘さんの初めての給料で浅草に行きご馳走してもらったとのこと。いつも「私、バツイチ」と楽しそうに笑うタミちゃんは歌手のイルカ似で、ものすごく若く見える。今年大学を卒業して就職したばかりの娘さんとの2人暮らしなのである。
 「これ、ミズ? おいしいね!」
お通しに出された山菜を割り箸で口に運びながらタミちゃんが言う。
「うん。たたくと、ねばりが出てもっと美味しくなるんだけどね」とカウンターの中からケイコさんが応える。ケイコさんは実は店のお客さんなのだが、ときどきカウンターの中に入って女将さんを手伝う。
「そうお? でも、このシャキシャキ感がたまらないね」
そう言って、タミちゃんはビールをぐっと飲み干す。
ひとしきりした後、ケイコさんがカウンターの中からタバコをふかしながら誰にともなく呟く。
「今日さあ、高校生のカップルが、入ってきたんだよ。それも、制服を着てだよ、2人とも」
ケイコさんは、ラブホの接客係として働いている。彼女もバツイチで、この近所に一人住まいである。
「ええっ、制服で?」
私も思わず訊き返してしまう。
何でも、近くの公立高校の制服を着てホテルに入ってきたカップルを若い従業員が入れてしまったので、あわててケイコさんがその従業員をたしなめ、カップルの入館を断ったという。高校生を入れたことがバレたらホテルは営業停止になってしまうらしい。
「いやだねえ、まったく。どうなってるんだい、この頃の高校生は」
みんなで嘆いた次第である。
 さて、何といっても本日の目玉は「豆ごはん」である。ママさんとケイコさんとがグリーンピースの皮を一枚一枚剥いて作った豆ごはん。私はこれが大好物。今年初めて口にするまさに「初もの」である。アサリのみそ汁、キャベツとセロリの一夜漬けも、豆ごはんと一緒に美味しくいただいた。特に豆ごはんは、ごはん粒の中に大粒のグリーンピースがごろんごろんと存在していて、箸の一すくいで何粒も入る。それにまた、塩加減が絶妙で、思わず「うまい!」と叫んでしまった。今宵、まことに満足な夜だった。
ケイコさんが、ビールのつまみにと作ってくれたヤマイモを海苔で包んだ天ぷらも美味しかった。ビール大瓶1本、レモン杯3杯も飲んで、こんなに食べて、お勘定は3.200円だった。
 おまけに今日はおみやげまでもらってしまった。ゆがきたてのトウモロコシである。最近できた行列のできるスーパーでケイコさんが朝の10時から並んで買ってきたという。少しかじってみると「甘い!」。まるで、砂糖菓子のような甘さである。まさにスイートコーンだ。そいつをかじりかじり、少しフラつく足取りで、深夜の尾久橋通りを日暮里方面へと帰った。


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この看板の細い路地の奥の突き当たりに「とき」はある。一見さんにはちょっと入りにくいかも。
手前に見えるのは私の右手である。なぜなら、梅干し入りのお湯割のコップが置いてあるから。
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ちょっとピンぼけになってしまったが、これが本日のメニュー。でも、実は黒板に書いてない「とっておき」の裏メニューがいっぱいあるのだ。

5月 3日(土)/11日(日)08
牛久沼の5月を歩く

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5月3日(土)
 ゴールデンウィークに3日ほど休みが取れて自宅に帰ってきた息子と、妻を連れて牛久沼周辺を散策した。牛久沼は、地図で見るとブーメランのような形をした湖で周囲が約20キロあり、マウンテンバイクで一周すると1時間半くらいかかる。湖底は浅く、せいぜい2〜3メートルくらい。一年を通してブラックバス釣りの客が県外からもクルマで押し寄せるし、ウィンドサーフィンを楽しむ若者の姿も見られる。
 自然は豊かで、特に大型鳥の種類が多い。ハクチョウ、シラサギ、ゴイサギ、アオサギ、キジ、カルガモ、キンクロ、カイツブリ、それにハヤブサなどの猛禽類も見たことがある。今日、「森の里」団地の近くで見かけた鳥は体が黒くて白い斑点があり、顔の赤い変な鳥だった。
「こんな鳥、日本にいたっけ?」
そばに近づいても、それほど逃げようとしない。一体、何ていう鳥なのだろうか?
 それから、私たち3人は、わが団地からすると対岸にあたる牛久市の「あやめ園」に向かった。アヤメはまだ咲いていなかったが、フジの花がちょうど満開だった。
 5月11日(日)
 この辺では、大体ゴールデンウィークに田植えをする。だから、いま田んぼは植えたばかりの稲の苗がまだ頼りなげに水面から顔を出しているだけだ。今日は、妻の勤務する職場へクルマでお迎えかたがた、田植え直後の田んぼの様子をカメラに納めてきた。
 田んぼは季節をそのまま反映して、鮮やかに姿を変える。その変化を記録したい気持ちがある。これから夏にかけて稲の緑はしだいに濃くなり、成長して穂をつけ、その稲穂が秋にはタワワに実って頭を垂れ、やがて黄金色に輝く田んぼのあちこちで稲刈り風景が見られるようになる。その稲刈りが8月には始まる。だから「考えてみたら、コメって、5月に植えて8月にはもう穫れるのか」という驚きにもなるのである。


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名前は不明だが、こんな鳥が牛久沼の団地近くに棲んでいるのだ。
牛久沼あやめ園にて。息子は私より、ほんの少しだけ背が高い。
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牛久沼あやめ園にて。フジの花を食べる息子と、見上げて笑う妻。
田植え直後の田んぼ。規則正しく植えられた苗が美しい。
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苗の列が山並のずっと向こうまで続く。畦道も続く。電柱も続く。
この辺で見かけるキリの樹。大型の花が見事だ。キリは成長が早く、アッという間に大木になる。
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5月1日(木)08
根津神社のつつじ

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今年も根津神社のつつじ祭りに行ってきた。毎年、この季節になると開催される恒例の行事であるが、特にゴールデンウィークの最中は根津神社の周辺は観光客で一杯になる。日暮里駅前にある私の会社からは歩いて20分ほどで、散歩にはちょうどよい距離である。
 参道には私の好きなタコ焼きやヤキソバやお好み焼きなどの屋台が列び、大変な賑わいとなっている。また、境内では骨董市も開かれている。数年前までは、私の友人で画家の桐谷逸夫氏と奥さんのエリザベスさんが、絵葉書や絵本など自分たちの作品を即売する屋台を出していたものだったが、今はそれもなく、ちょっと寂しい気がする。でも、桐谷ご夫妻は所を変えて銀座のデパートで大規模な個展を開くなどますます活躍の舞台を広げているのは嬉しい限りである。


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ツツジがちょうど見頃である。上は静かな住宅街。
赤、白、紫と色とりどりのツツジが池面に映える。
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池では、数匹のカメがのんびりと甲羅干しをしていた。

4月29日(火)08
エリザベスさんの個展

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日本橋の丸善でエリザベスさんの個展があった。エリザベスさんは、私の古い友人・桐谷逸夫氏(画家)の奥さんで、ボストン出身のアメリカ人。彼女はライターで現役のNHKのアナウンサーでもあるのだが、趣味で画を描いたり、絵本を出したりしている。個展のモチーフはいつもネコが中心で、今回もやはりそうだった。
 もともと、エリザベスさんとキリちゃん(逸夫氏のことを私はいつもそう呼んでいる。私もまたアリちゃんと呼ばれているのだが)は、谷中の長屋住まいが永く、2人はかつて2匹のネコを飼っていた。と言うより、それは放し飼いに近く、ネコたちはいつも長屋の隙間から自由に出たり入ったりしていた。名前はカブキ(♂)とオカグラ(♀)であった。
 私はこれまでに何回か、桐谷夫妻が旅行などで家を留守にするとき、友人のミキオちゃんと2人して長屋に泊りがけでカブキとオカグラの世話をしに行ったことがある。そんな日は、冷蔵庫の酒や食べ物も「どうぞご自由に」と言われていたこともあり、ミキオちゃんと2人で飲み語り明かしたものだ。下町のご近所さんたちを呼んで一緒に騒いだこともある。いまから考えると6〜7年以上も前のことになるが、実に楽しかったなあ。そのカブキとオカグラも亡くなって久しい。


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エリザベスさんから来た個展の案内状。
エリザベスさんが福音館から出した絵本。表紙のネコはカブキ。
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絵本の中身。エリザベスさんが書いてくれたサインとメッセージとイラストが嬉しい。
桐谷逸夫・エリザベスご夫妻がこれまでに出した本。
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4月13日(日)08
牛久シャトーの桜

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つくば市の南端にある自宅周辺で桜の名所と言えば、まずは牛久シャトーであろう。最近はシャトーカミヤと名を変えたようだ。シャトーは牛久沼の対岸の牛久市にあるので、そこへ行くにはクルマで牛久沼を半周すればよい。大体20分くらいで行ける。
 日本で初めてワイナリーを建設し、ワインの醸造を開始した神谷伝兵衛という人のことは聞いたことがないかな? いまも浅草に残る「電気ブラン」で有名な「神谷バー」ならご存じの方も多いだろう。
 神谷伝兵衛は、明治、大正にかけて活躍した三河(現在の愛知県)出身の事業家で、輸入葡萄酒を日本人向けに甘く再製した「蜂印葡萄酒」を売り出して大儲けし、のちに「ワイン王」と呼ばれた。
 伝兵衛はその資金で茨城県牛久に広大な葡萄園を作り、明治36年(1903)にワイン醸造所である牛久シャトー(現在のシャトーカミヤ)を竣工。日本で唯一のワインの殿堂として、当時の板垣退助など政府要人も多く訪れたという。
 ワイナリーやレンガ造りの建物などは今年の6月に国の重要文化財に指定されたばかりだ。まったくの偶然だが、神谷伝衛兵の墓が、私の事務所のすぐ近くの谷中霊園の中にある。


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樹齢百年は超すと思われるシャトー敷地内の桜並木。
実物ワイン樽のモニュメント。敷地内にはレストランやバーベキューガーデンがある。
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ワイナリー全景。ドラキュラの出そうな地下貯蔵室も含め重要文化財になっている。
シャトー見学の帰途、三日月橋から牛久沼を眺める。
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谷中霊園にある神谷伝兵衛の墓。私のいつもの散歩コースでもある。

4月 3日(木)08
神田川の花見

東京でも意外と知られていない花見の名所がある。それが、早稲田から江戸川橋まで続く神田川沿いの桜である。川の両岸に咲くソメイヨシノは、まさに「見事」の一語に尽きる。多分どの樹も、花影の最も濃い樹齢を迎えているのではないだろうか。
  花もいいが、昔、もう35年も前に「窓の下には神田川〜♪」と南こうせつとかぐや姫が歌って大ヒットした頃の面影を残すアパートや、古い木造2階建ての民家や、小さな町工場や、その隙間にひっそりと店を出している居酒屋などの佇まいも、たまらなく懐かしく郷愁を誘う。
  その日、新宿のクリニックに行った帰りに急に思いついて、山手線の高田馬場で降り、都電の面影橋までぶらぶらと歩いた。思った通り、面影橋から見る神田川の桜は今がまさに満開だった。そのあまりの見事さに一人で見るのがもったいなく、友人のH氏に電話をして「来ない?」と誘いをかけ、間もなくやってきたH氏と2人で神田川沿いの小径をゆっくりと歩いた。
  途中、新江戸川公園(入場無料)に入り、都心とは思えない静かな池畔をグルッと一周。陽光を受けて煌めく樹々の緑が目に眩しい。それから、ホテル椿山荘の下を通り、江戸川橋までの約1時間ほどの花見散歩だった。


花影が濃い。神田川の両岸がずっとこの状態で続く。
神田川の向こうは西早稲田周辺の高層マンション。
新江戸川公園の入口。入場無料でつい入ってみたくなる。
池面に満開の桜が映って、都心とは思えない静けさ。
こんな所に野生のサギが。何を捕食しているのだろう?
新江戸川公園の桜も負けずにと咲き誇っていた。

3月31日(月)08
成城の桜祭り

娘の通っている大学は成城にある。アパートも大学の近くにある。成城の町は桜が多い。そんなワケで私たち夫婦は毎年この季節になると、娘と小田急の成城駅で待ち合わせ、桜祭りの行なわれている通りをぶらり歩いたり、界隈のレストランで食事をしたり、娘のアパートに寄って休んだりすることにしているのだ。
  駅から続く住宅街の通りは文字通り見事な桜並木になっていて、今年もワゴンセールや飲み物、食べ物の屋台が沢山出ていた。
「あ、去年この店でネックレスを買ったよね」
  そんな会話をしながら、親娘3人で、ゆっくりと人込みの中を歩いていく。サービスで提供されている甘酒を飲んだり、焼鳥の串を頬張ったり、互いに写真を撮り合ったりする。
  この春は、娘もいよいよ卒業なので、多分最後になるであろう「成城のお花見」はいささか感慨深いものがある。

成城の住宅街は桜の花の真っ盛り。
道の両側にはアクセサリーや食べ物のワゴンが列ぶ。
焼鳥の店には行列が。カップの甘酒は無料サービスだ。
ちょっと外れた小径でカップ甘酒を飲み干す母娘。

3月 28日(金)08
桜満開の谷中、上野を歩く

満開の桜に誘われて、足の向くまま自分で勝手に名づけている「東京大散歩」をしてきた。仕事はしばし忘れることにする。それにしても、今年の桜の開花は全国的に例年より随分と早いようだ。
  歩いたコースはこんな感じである。まずは、JR山手線の日暮里駅南口から紅葉坂の石段を上って天王寺の横を通り谷中霊園へ出る。もう、この辺りは桜の名所である。文字通り満開の桜のトンネルを抜けて上野桜木町交叉点を突っ切り、東京芸大正門前へ。ここまで来れば、国立博物館や上野公園がすぐ目の前である。
  さすがに上野公園は人でごった返している。まさにお花見の真っ最中だ。私は気ままに写真を撮りながら、公園の大噴水を横に見てゆっくりと動物園の前を過ぎ、不忍池畔の弁天堂の方へと下りてゆく。目指すは不忍池の真ん中を横切る遊歩道である。私は密かにこの遊歩道を「湖(うみ)の中道」と呼んでいるのだが、この道の両側に咲き誇る桜が見たくて、今の季節、毎年必ず一度は足を向けることにしている。今年はデジカメを購入したので、思う存分にシャッターを切る。水面すれすれに枝を伸ばした満開のソメイヨシノが見事としか言いようがない。
  中道を渡り切った所が湯島だ。ちょうど昼時だったので、東京メトロ千代田線湯島駅近くの立ち食い蕎麦の店に入り、カモセイロ蕎麦を食べた。580円也。この店は魔法瓶の蕎麦湯が好きなだけ飲めるところがよかった。
  湯島から千代田線に乗って千駄木で降り、「よみせ通り」から谷中銀座を通り抜け、夕焼けだんだんを上って最後は日暮里駅西口へと戻ってきた。約2時間の東京お花見大散歩だった。


さあ、日暮里の駅前をお花見に出発だ。
谷中霊園の中の桜のトンネルを通り抜ける。
東京芸大の正門前を過ぎたら上野公園は目の前。
旧東京音楽学校(現東京芸大)の奏楽堂。
上野公園の噴水広場はもう桜が満開である。
さすが上野公園。平日の昼間なのに見物客でいっぱい。
茶店の前にも女性客で行列ができている。
弁天堂の参道には食べ物の屋台がぎっしり並ぶ。
不忍池の水面すれすれに枝を伸ばしたソメイヨシノ。
水面に影を落とすモコモコ感たっぷりの満開桜花。
不忍池に遊ぶ足漕ぎボートと湖(うみ)の中道。
夕焼けだんだんの上から谷中銀座方面を臨む。
経王寺の門扉には彰義隊が立てこもった時の鉄砲痕がある。
有名な谷中せんべいの老舗。おみやげにおすすめだ。
食堂の花家、あづま家、蕎麦の川むらが列んでいる。
月見寺の別名で知られる本行寺は日暮里駅西口のすぐ前。
本行寺境内の枝垂れ桜。見事としか言いようがない。
日暮里の跨線橋から田端方面を臨む。鉄道ファンのメッカらしい。


3月12日(水)・26(水)08
本日のおやつとデザート


 オフィスには私一人しかいないので、好きな時間に好きな物を飲んだり食べたりしている。散歩がてら、近所のスーパーで買ってきた物を冷蔵庫の中に入れておき、自由に出しては摂取している。ちなみに、私はスーパーへ行くのが嫌いではない。どちらかと言うと、書店へ行くよりも好きな方だ。
  飲み物はビール、ミルク、ヨーグルト、トマトジュースとそれに絞り込むレモン(季節によってはスダチ)、インスタント珈琲(たまにドリップ式珈琲)、紅茶ティーバッグ(たまに葉っぱから抽出する缶入り)、日本茶(茎茶と焙じ茶)などを常備している。客人には原則、「インスタントですが」とお断りしつつ珈琲をお出しし、自分も飲む。その際、「砂糖とミルクは?」とお聞きすると、大抵の方が「あ、ブラックで」とおっしゃるのは、遠慮か、見栄か、それとも真実なのだろうか。

おやつ
デザート
煮干し、レーズン、ミックスナッツ、しょうがせんべい。
季節の果物はいいね。今日はイチゴとバナナ。

3月 9日(日)08
筑波山の梅林へ

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この季節、筑波山の中腹にある梅林で毎年「梅まつり」が行われる。自宅からクルマで1時間ほどのこの梅林へ、今年も妻と行ってきた。毎年のわが家の恒例行事のようなものだ。
  大きな岩がゴロゴロしている山の斜面に何百本という梅樹が植えられ、ほとんどは白梅だが、紅梅もちらほらと混じっている。風もなく、辺り一面は馥郁とした梅の香で満ちていた。
「まだ、5分咲きくらいだね」
「そうね、今年はちょっと遅いみたい」
  子供たちが小さい頃は、弁当やおやつや飲み物を持って賑やかに出かけて来たものだったが、今日は女房が所望するタコ焼きを歩きながら食べ、帰りに古民家風の蕎麦屋へ立ち寄り、生ビールと地の蕎麦を賞味するというシブい決め方をした次第だ


080309筑波山
筑波山の中腹一面が梅林になっている。
よく見ると、梅の花って綺麗だね。
080309いい香り
ああ、いい匂い。香りは紅梅の方が強いようだ。
梅林へと続く道に、さまざまな屋台が並ぶ。
080309屋台
080309石の標識
入口に建つ大きな石の標識。梅林まで200メートル。

1月 10日(木)08
冬枯れの谷中霊園

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谷中霊園は私のよく行く散歩コースの1つ。今日の午後も、晴天に誘われてブラリ散歩に出かけた。日暮里駅南口の紅葉坂を上がったところで、ナンテンの実が真っ赤に色づいていたので、つい1枚撮ってしまった。
  いつものように天王寺さんの境内をのぞいてから、霊園の中を気ままに歩く。冬枯れのこの季節、風景がスケスケで見晴しがよくなっている中でいちばん目立つのが「谷中の大イチョウ」だ。そばに立って見上げると、その巨大さが実感できる。
  「うーむ。こいつは50メートルくらいあるかもしれないな」
  今は丸裸のこの巨樹が、夏はびっしりと濃いグリーンの葉に覆われ、秋には見事なまでに明るいイエローに変身するなんて、考えてみたら奇跡としか思えない自然の成せるワザだ。
  それから、多分霊園の中では唯一と思われるシラカバの樹を見て、これも見事なシイの巨樹の幹や根元を観察し、朝倉彫塑館の裏門前の小径に出て、そこから再び日暮里南口に戻り、跨線橋を渡って帰社した。所用時間は30分くらいである。


080110南天
紅葉坂を登り切った小径で見つけた南天の樹。
雪吊りを施された天王寺境内の松。まさに職人技だ。
080110雪吊り
080110大イチョウ
圧倒的な高さを誇る「谷中霊園の大イチョウ」
日暮里駅前の高層ビルがまるで都会の石塔みたいだ。
080110日暮里駅前
080110白樺
珍しいシラカバの樹。ここだけ高原の風が吹いている。
朝倉彫塑館の裏門から女人像を見上げる。朝倉文夫作。
080110女人像
080110幸田露伴
名作「五重塔」の作者で明治の文豪・幸田露伴の居宅跡。



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